第49話 デートは唐突に①


     /真斗


「――お前?」


 間違いなくそいつは、昨日俺の前に現れた奴だった。

 黎の話からすると、確かエクセリアとかいう名前の……。


「……いきなり何だ?」


 じっとこちらを見つめるそいつの表情に少々気圧されながらも、とりあえず口を開いておく。


 だがそいつは答えず、ゆっくりとした足取りで俺を眺め歩き出した。

 ぐるりと、一周。


 ……何か見せ物にでもされたようで、面白くない。


「おいこら。何とか言えよ」

「……思っていたより、しっかりできているわね」


 俺の言葉などまるきり無視して、独白のようにそいつはつぶやいた。

 面白くない。


「偶然かどうかは知らないけれど……とても良い機会だわ」


 小首を傾げ、しみじみとそんなことを言う。

 そんな様子に、俺は妙に違和感を覚えていた。


 何というか、昨日会った時と雰囲気が違う気がするのだ。

 見間違えではないと思うんだが……?


「貴方」

「!」


 不意に、そいつは俺の鼻先にまで接近していた。

 鼻先と言っても、背は低いから見下ろさなければならないけど。


「お、おい……?」


 俺は思わず後ずさろうとしたが、どうしてだかできなかった。

 金縛りにでもあったように、身体が動かなくなる。


「いいこと?」


 そいつは背伸びすると、顔を近づけさせてきた。


「貴方はに応えなさい……。興味を、関心を……覚えるように。二度と、目を離したくなくなるように……。そうすれば」


 そこで、笑う。

 ひどく、妖艶な笑み。


「死なずにすむわ……。欲しいものも、手に入る。それだけの代償は、得られるのだから」

「…………?」


 意味が分からなかった。

 だっていうのにそいつは、それで満足したように微笑して、距離を取った。


「おい――?」


 身体が動くようになって、声をかけた時にはすでに。


「消えやがった」


 どこを見ても、姿は無い。

 いったい何をしに現れやがったのか、ちっとも分かりやしない。

 俺も聞きたいことを聞けなかったしな……。


「くそ」


 毒づくが、どうにもならず。

 また結局、その夜はあいつを見つけることもできなかった。


    /真斗


「起きろ」


 問答無用とはこのことだろう。

 俺がまだ瞼も開けていないというのに、そいつは俺の胸倉を掴んで強引にシェイクしてくれた。


「――んあ!?」


 さすがに驚いて、目が覚める。

 こっちの目が覚めたのを確認すると、そいつは無造作に手を離した。

 ぼとりと、布団に落下する俺。


「~~~~っ」


 何ていうか、ひどい目覚めだ。


「……おいこら茜」


 布団に突っ伏したまま睨む相手は、もちろん茜。

 勝手に部屋に侵入してきて、こっちの都合も考えずに叩き起こす、非情な奴だ。


「てめえ、返答次第によっては……」

「なんだ?」

「寝る」

「死にたいのならば、止めないが」


 そう冷たく言い放つ茜の手には、物騒な短剣が握られていた。

 さすがに目が覚める。


「んだよ……」


 俺はもぞもぞと身を起こした。

 ついでに時計に目をやる。

 十一時前、か。


「いつまで寝てる気だ」

「眠くなくなるまでだよ」

「ダメ人間だな」

「うるせえ」


 昨日の夜、由羅の奴を捜してずっと外にいたんだよ。

 その苦労は報われなかったけど。


「にしてもお前、何の用だよ? 何か……」


 そこで改めて茜を見て。

 何やら不機嫌そうな気配に、ようやく気づいた。


 そーいやこいつ、昨日怒って出てったきりだったよな。

 まだ怒ってんのか。


「さっさと事務所に来い。この馬鹿が」

「おいこら」

「ふん」


 俺の抗議など無視して、茜は出ていってしまう。

 くそ、あいつ、本当に機嫌悪いよな……。


「けど事務所って」


 まあ行くつもりではある。

 黎のこともあるし。


 よく分からんのは、そこでどうして茜がわざわざやって来るのかってことだ。

 あいつと黎の奴は険悪っぽくなってるから、同じ事務所にいるとも思えないんだけどな……。


 まあ、行ってみれば分かるか。

 ふああと欠伸をかみ殺して。

 俺は顔を洗いに洗面所に向かった。


     ◇


「うすー」


 まだ眠気でぼんやりとする頭のまま、事務所へと入る。

 入ると。


「真斗ぉ!」


 いきなり掴みかかられた。


「ぬあ……?」


 胸倉掴まれるのは、本日二回目だ。


「きさま、なぜだ!? いつの間に!?」

「ちょ……離せよこら!」


 じたばた暴れるが、けっこうな力の東堂さんは、びくともしない。


「おれが一生懸命仕事してる間に、仲良くなりやがって……! おれだって、おれだって……」


 ぬう、何で怒りをぶつけられているのか分からん。


 と、どこかでふんと鼻をならすような音が聞こえたような気がした。

 ……聞こえるはずはないのだが。


 胸倉掴まれて揺すられている視界の隅に、お茶をすすっている茜の姿が目に入る。

 どうやらあいつの怒気が、イメージとなって伝わってきたらしい。


「ちょっと待てって!」


 俺はたまらずに叫ぶ。

 何で俺が、みんなに怒られにゃならん!?

 と、笑い声。


「おい東堂。いい加減見苦しいから、その辺にしておいてやれ。男は引き際も大事だぞ」

「くっ……」


 何やら達観した所長の台詞に、東堂さんは悔しそうに歯を噛み締めて、ようやく俺を解放してくれた。


「お茶でも入れましょうか。落ち着きますよ」

「……すまん」


 気を利かせた上田さんの言葉に、東堂さんは肩を落として自分の席にとぼとぼと引き上げていく。

 俺には何がなんだか分からない。


「誰か説明」

「それはですね」


 率先して答えてくれたのは、上田さん。

 そーいやこの人って。


 こんな所でのんびり所員なんかやってるけど、本当のところは黎の協力者のはずだ。

 色々聞いておきたいけど、まあ今はいいか。

 みんないるし。


「彼女が真斗くんとデートするというので、約二名の方がご不満の様子、というわけです」


 ほほう。

 …………。


「はあ?」


 我ながら間抜けな声を上げてしまう。


「なんだよそれ」

「ですからデートを」

「いやだから」


 どーして俺が……ていうか、なんでデートなんだ。


「少しは張り切って下さいよ? 黎は張り切ってお弁当まで作って待っていたんですから」

「ちょ……、いや俺、何も聞いて……」


 戸惑いながら、俺は視線をさ迷わせる。

 肝心の本人は――


「――だめなの?」

「うあ!」


 不意に声がかかり、思わず言葉を飲み込む。

 そこにはそれらしいものを手にした、黎の姿。


「お前、いきなり……」

「ふふ、誤解しないでね。上田さんはからかっているだけだから」

「……ということは」

「一緒に出かけましょう。二人きりで」

「う」

「断らないわよね?」

「ぬ……」


 みんなが見ている。

 所長はにやけていて、上田さんは笑っていて、東堂さんには恨みがましい目で見られ、茜も……何かさりげなさを装いながら、睨んでて。


「出かけるって……どこへだよ?」

「京都見物」

「はあ」

「前の続きを、ね。お願いできる?」


 前の続きって……ああ、由羅とも一緒に行った、あの時のか。


「そりゃ別にいいけどさ。何もこう、改まらなくても……」

「そんなつもりはなかったけど……」


 手にした弁当と思しきものを弄びながら、小首を傾げてみせる黎。

 その仕草からは、わざとなのか本気なのか、ちょっと分からない。


「とにかく、大丈夫ということね。それならば早速行きましょう。お昼になってしまうし」

「あ、ああ……」


 俺はもう、頷くしかなく。


「真斗、まあ頑張れよ~」


 そう言う、所長の言葉は無視して。

 後は黎に引きずられるように、事務所を出たのだった。

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