第16話 事情説明

「さて。一段落はついただろうから、ここらで説明して欲しいものだが」


 自分の椅子に座ると、所長はタバコに手を伸ばしながらそう言った。


「こら、所長」

「おっとっと……。嫌煙者がいたな、そういや」


 俺に睨まれて、いつものように所長はばつの悪い顔になって、手を引っ込めた。

 まったく……。

 何で愛煙家ってのはいつもかも吸いたがるんだろうーかね。

 俺にはちっとも分からん。


「はいはい……。昨今じゃ、愛煙家は肩身が狭くて哀しいな」


 しょぼん、として所長はそんな風につぶやく。


「それで? 事情というやつを聞きたいところだが」


 改めて、所長は聞いてくる。

 さてどーしたものかと、俺は由羅を見た。なぜかこいつはきょとん、としてこっちを見返してくる。


「どうしたの? 説明しないの?」

「……お前なあ」


 俺は呆れた。

 こいつ、俺にすら満足な説明していないことを分かってて言ってるのだろうか。


 しかもこいつは異端種だ。俺たち咒法士とは因縁のある間柄ということも、分かっていないような気がしてくる。

 ……案外、本当に分かっていないのかもしれないが。


「適当に話すけど、いいか?」


 一応お前の身の上を心配してやっているというのに、由羅はいいよ、とあっさりと返事する。

 ……まあ、いいか。


 俺は適当に納得すると、掻い摘んで由羅のことを所長に話した。

 といっても大したことが説明できるわけもない。

 何といっても俺もよく分かっていないのが現状だ。


 こいつが誰かにその刻印咒を刻み付けられ、俺を頼ってきたこと。

 そして由羅自身、人間でないこと。

 そしてここに来るまでの過程について。


 結局所長に説明できたのは、その程度のことだった。


「なるほどな。おまえ、おれの知らない間にそんな依頼受けてたのか」

「依頼って……そんな大したもんじゃねえよ。単なる人助けだ」

「助けたのはおれだけどな。はっはっは」


 ……む。

 そりゃまあ今回はそうだけどさ。


「まあお嬢さんの正体はいいとしても、だ」

 所長が言う。


「いったい誰にそれを刻まれた?」


 誰に、か……そうだよな。

 確かにそれは重要なことだ。

 そして、なぜ刻まれねばならなかったのか。


「……それは」


 途端に、困り顔になる由羅。

 その様子を見て、なるほどなと所長は納得してしまう。


「一番重要なことだけに、話しにくい内容だってことも察しがつく。だがおれたちも君に関わる以上、それを知っておかないと困る。危険なことかもしれない」

「……それなんだけどさ」


 ぽつりと、俺は口を開く。

 こいつは決して、その辺りのことを話していないわけではないのだ。


「こいつの話だと、それをやったのは俺らしい」

「は?」

「だから俺がそれをしたんだとさ。初めて会った時、確かそう言ってた。――で、それは今も変わらずか?」


 由羅に向かって聞くと、しばらく逡巡したような素振りをみせた後、こくり、と頷く。


「ほらな」

「……いまいち飲み込めんのだが」

「俺だってさ。実をいうと、確かに俺はその刻印咒ができる。できるけど、それは仕掛けたらこっちも死んじまうって代物なんだ。代償は命、だからな。けど俺は生きてるし」

「でも……あなたがしたの。だから私、今日あなたに謝りに行って……直してもらおうって……」

「――謝る?」


 引っ掛かる言葉。

 何だ、謝るってのは……?

 そういやあの時、許してよって……こいつはそう言っていたような気がする。


「お前、俺に何かしたのか?」

「――――」


 急に、顔を強張らせる由羅。

 ……なんだ?


「……言いたくない……」


 やっとの思いで由羅が搾り出したのは、そんな返答。


「言えないことなのか?」


 こくり、と由羅は頷く。

 そんなこいつの姿は、ひどく何かを後悔しているようにも見えた。理由は知らないが。


 しかし言いたくないとはね……。

 どーしたもんだか。


 まあ、無理に聞くのもなんだしな。

 こいつも相当言いたくなさそうだし。


 というわけで、俺はそれ以上聞くのをやめた。


「ふうむ……。何やら厄介なことなのかもしれんな」


 腕組みして、所長はうなる。


「お前は結局どうする気なんだ?」

「俺か? 俺は……こいつの手にある咒を消してやれるもんなら消してやりたい……そう思ってるだけだ」

「ふむ。だがな、きっとお前が考えている以上にやばいぞ、これは」


 そうかもしれない。

 何となくだけど、そんな気がする。


「けどさ……かといって見捨てるわけにもいかねーだろ。目覚め悪いし」

「まあ……おれはいいが。お前も相変わらずのお人好しだな」


 ようやく笑って、所長は言う。


「そっちこそ」


 俺も笑ってやった。

 そんな俺たちのやり取りを、由羅は不思議そうに見つめている。


「真斗。そのお嬢さんの傍にはなるべくいてやるんだな。刻印のこともあるし、何が起こるか知れたもんじゃない。引き受けた以上、お前が守ってやれよ?」

「わかってるよ。早速明日から、色々と――」


 言いかけて、ふと思い出す。

 明日……そういや何か約束していたよーな……。


 そうだ。京都見物に連れて行く約束。そんなのがあったような気がする。

 俺は由羅を見ると、


「――お前も来るか?」


 なぜだかそんなことを口にしてしまう。


「? どこに?」


 きょとん、となる由羅。


 結局、そういうことになったのだった。


 その後マンションに戻って。

 あとはもう寝るだけだったのだが、いったん考え直す。

 もちろん、受けている仕事のことだ。


 一応今日の分はパスするつもりではあったが、また犠牲者が出ていたことを思い出して、どうしようか考えてしまう。


 明日も早いしな……。

 うーん……ここはきっぱりやめておくか。


 色々と疲れてるし、明日も疲れそうだからな。

 俺はそう決めると、今夜はさっさと寝ることにした。

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