裸婦像

松長良樹

裸婦像

 

 ――やわらかな木漏れ日がそのアトリエに差し込んでいた。

 

 画家のアトリエは洋館の二階にあり、壁には蔦が絡まっていた。


 窓際には大きなカンパスがイーゼルに乗って置かれてあり、カンパスには見目麗しい裸婦像が油絵の具で見事に描かれていた。絵はほとんど完成していて最後の仕上げに入るところだった。

 

 画家は豊かな顎鬚をたくわえた、まるでダビンチを連想させるような風貌をしていた。


 彼は暫らく憑かれたように筆を走らせていたが、ちょっと疲れたのか筆を置いて立ち上がった。最近視力がだいぶ衰えてきたのだ。

 

 画家はしばらく外を眺めてドアから出て行ってしまった。きっとうららかな外の景色の中を少し散歩でもしたくなったのだろう。

 

 カンパスの裸婦がアトリエにぽつんと残された。豊かな金髪に、ふくよかな赤い頬を持つ裸婦だった。

 

 そのとき思いがけないことが起こった。


 奇跡と言っても過言ではない。裸婦の目が動いたのである。その視線はテーブルの上に注がれていた。テーブルの上には大きな皿があり、色とりどりのフルーツが盛られていた。

 

 バナナ、葡萄、オレンジ、イチゴ、梨、リンゴ。それらは静物画のモチーフとしてそこに置かれてあった。

 

 裸婦はどうやらそのフルーツに惹かれているようだった。裸婦はその絵画からうまく抜け出すと、そのフルーツを口にほお張った。

 

 ――そして至福の表情を浮かべて、美味しそうにそれを食べだした。


 やがて時が流れると画家がアトリエに帰ってきた。


 カンパスの前にゆっくりと座り創作は再開された。筆を運ぶうち画家の顔に実に不思議そうな表情が浮かんだ。


 そしてカンパスに顔を近づけたり遠ざけたりして「おかしいな」と一言呟いた。

 

 画家は腑に落ちない様子でふっくらと盛り上がった裸婦の腹の修正に入った……。




                了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裸婦像 松長良樹 @yoshiki2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ