第3話 人間らしく

「ねえ、わたしの特技見てみない?」


 静まり返った旧美術室に入江の言葉だけが響く。入江が取り出したのはノートに描かれた自画像である。白紙のページを固定して鏡をセットする。描かれる軌跡は線が細くクールビューティーの入江そのものであった。


「へー凄い」


 素直に驚く真奈であったが入江は手を止める。


「見てと言ったけど何かが違うわ。光のかげんかしら……」


 俺が見ても綺麗に描けていると思うのだが、入江は片付けを始める。


「今日は終わり、このコードを携帯に入力して」


 極地的SNSのもっとネットのマイルームの申請番号らしい。俺達はもっとネットを立ち上げると9桁の番号を入力する。


「これは……」


 それは驚きであった。入江のマイルームはこの旧美術室であったからだ。更に画面上では蒼色の少女が動いていた。蒼色の髪のアバターなど初めて見るのであった。


「わたしが特別なのは分かった?でも、これだけ……」


 入江は再びクルリと一回転すると。


「データのわたしは無力な存在なの。手遅れかもしれないけれど体がやっぱり欲しいわ。もし、良ければ手伝ってくれる?」


 綺麗な女子のお願いである……迷いはあったが快諾することにした。


「真奈はどうする?」


 俺のふりに真奈は背筋を伸ばして「面白そうだからわたしも参加するよ」と答える。


「決まりだ、今日から俺達は同じミッションをこなす、同士だ」


 クスリと笑う入江はとても人間臭くデータの塊である事を忘れさせる。入江は間に合わないかもとか言っていたが嘘のようであった。


 陽ざしが傾き俺達は帰ることにした。


「マイルームの申請をしておくわ、自宅に着いたら、君たちのマイルームに遊びに行くわ」


 その言葉が聞こえたと思ったら入江の姿は消えていた。まるで仮想空間の幽霊にでも会った気分だ。俺は真奈と顔を合わせると頭をかきながら旧美術室を後にするのであった。


 その日、自宅に帰ると言い知れない、気分である。俺は直ぐに自室に籠るのであった。しかし、携帯を机の上に置き、数学の課題を始める。それはショートケーキのイチゴを最後に食べる感覚に近い。入江からのマイルームに申請が来ているはずで、数学の課題はまるで手がつかない。


 モヤモヤした気分でいると。シャーペンの芯が折れる。仕方がない。携帯を手にして極地的SNSのもっとネットを立ち上げると。


 マイルームに申請が本当に来ていた。俺は許可のボタンを押すのであった。マイルームはクールプスペースと違い。限られた人しか入れない。


『待っていたよ、少し心配したよ』


 入江のメッセージを読むと軽いノリで謝る。本当はドキドキが止まらなかった。


 真奈も入ってきて三人で話すことになった。話題は色々と移り、好きな物になった。


 入江はタコ焼きが好物で、旧美術室なら食べる事もできるらしい。真奈はテディベアのコレクターである事を話始める。


 何故かこの俺の部屋にもテディベアがいくつかある。何かの記念日に真奈から貰ったものだ。


 俺はこんど、タコ焼きの差し入れを約束する。入江のアバターは嬉しそうであった。仮想空間の幽霊みたいな入江がタコ焼き?と一瞬戸惑うが。


 きっと、普通の女子と同じなのであろう。俺の安心感は真奈にも伝わり。


「タコ焼きの大食い大会をひらきたいね」


 その提案は真奈らしく、照れている。それから、俺達は夜遅くまで三人で話すのであった。

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