第18話女の子の見えないアクセサリーを見るのが男のスキル

 いつも通り俺は部室の前に着いた。

 なんだかんだ言いつつも俺はこの時間が好きで、この時間が1番騒がしいのに1番落ち着く気がする。

 それを自覚しているのにダルそうなふりをして照れ隠しをしてしまう自分がいた。

 素直になる事が大事だと分かっているのに。

 分かっていても難しい。

 そんなプライド捨ててしまった方が楽しく生きられるのに。

 



 それにしても変に静かだ。

 確かに、読書をする部活なのだから静かなのは当たり前なんだが。

 いつもは俺が部室に近づくとガサガサと物音が聞こえるんだけど。

 もしかして俺が1番なのか?いやそんなはずはない。

 俺の隣の席は俺が部室に向かう時には空席だったし、萌衣は相変わらずいつの間にかいなくなっていたし。

 みんな今日は帰ってしまったのだろうか。

 俺は恐る恐るドアに手をかけた。

 扉が開く。つまりみんながいるという事だ。

 だが俺の目の前に広がった光景は普段の落ち着いたものではなく、異質な、しかしそれはかなり強い既視感を感じさせる。

 『それで結局あんたは何者なのよ!ぽっと出のくせして・・・・!』

 『うるさいなー。高校デビューのくせしていきがるなよ。お前みたいなやつは中学のときみたいにみんなの影になってりゃいいんだよ。』

 『う、うるさーい!黙れ!シャラップ!』

 霞は核心を突かれたのか、同じ意味の言葉を3つ並べた安い反論しか出来ていなかった。

 俺が見た状況を見たままに説明するならば、萌衣&見知らぬ美人さんVS霞といった所だろうか。

 環境は見知らぬ美人さんに合わせた例のホワイトボードを用いた会話。

 流石に霞に分が悪すぎる。

 俺は事情は知らないものの、とりあえず霞の仲間であることを示唆するためササっとまるでゴキブリの様に霞の隣に向かう。

 「なぁ。一体何があったんだ。」

 「えっ!?うわっ!ってあんたか。気持ち悪い登場の仕方しないでよ。」

 「す、すまん。」

 こいつ、人が善意で戦況を変えてやろうと動いてやったのに。

 3対1にしてやろうか。

 「それで何が?」

 「見りゃわかるでしょ!あのホワイトボード女がうちが部室に入った途端、『何しに来たです?』って!ひどくない?うちの方がここでは先輩なのに!」

 霞はさっきまでホワイトボードによって抑えられた怒りが爆発したかのように声を荒げる。

 たしかに、霞の意見だけを聞けば見知らぬ美人が百パーセント悪いが・・・・。

 こういう時はお互いの言い分を聞くのがセオリーだろう。

 『なにてめぇー如きが仲裁に入ろうとしてるですか?女の喧嘩なめるんじゃあねぇです。さっさと散りやがれです!』

 見知らぬ美人はカリカリと書き込む。

 このクソガキが・・・・。

 ちびのくせにでっかい態度とりやがって。

 その歪なほどに育った不相応な胸とおんなじで態度だけは1級品だな。

 誰かー、ボクシンググローブ持ってきてー。

 こいつの胸でアッパーの練習するから。

 「虎パンツの分際で・・・・。」

 俺はボソッとつぶやく。

 これこそが俺のとれた唯一の小さな抵抗。

 まだまだ大人にはならねぇぜ。

 だがそんな小さな反撃が彼女のみぞおちを突いたようで。

 「ぴぎゃぁぁぁーーー!!」

 彼女は今朝と同様に顔を真っ赤にし、ぐらついた。

 どうやら俺のKО勝ちのようだ。

 「なんでそれいうの?!いわないやくそくじゃ・・・・。せきにんとってっていったです!」

 彼女はぐらつく足元をか細い両足で踏ん張りながら逆ギレの勢いで言う。

 「フン!俺はそもそもそれに返事した覚えはない。それにだ、ただ『虎パンツ』って言っただけで誰の?とも、何が?とも言っていない。つまり今、君が墓穴を掘ったんだ!」

 俺はぐらつく彼女に容赦ない連打を。

 それはさながらデン〇シーロールのようだと自分でも思ってしまうほどの。

 「こ、この・・・・」

 彼女が何か言おうとしたその刹那、眠れる獅子が動き出した。

 百獣の王。過酷なサバンナでの唯一王。

 最強で最恐。

 そんな野獣が動く出す瞬間、辺りは奇妙なほどにピリつく。

 「・・・・ねぇ。さっきからすごく不思議に思っていたんだけど。どうして姫香と陰太君が顔見知りみたいになってるの?おかしいよね?陰太君がここに入ってくる時も姫香を見て『誰?』って感じになってなかったし。・・・・ねぇ、どういう事かしら?」

 彼女の声は妙に落ち着いていて、それでいて淡々と並べられる。

 まるで嵐の前の静けさ。

 あたりのピリつきはさらに増し、立っているのがやっとといった所だ。

 霞に関してはそもそも話の話題ではないのに今にも泣きだしそうだった。

 そんな均衡した状態を打ち破ったのはぽっと出のあいつだった。

 「すいませんおじょうさま。じつはとちゅうでばれてしまい、ごういんに・・・・。」

 見知らぬ美人はまるで狩られる寸前の小動物の様に言う。

 それはどんな嘘も真実に変えてしまう、美人の最終奥義。

 さらに彼女には華奢で小さな体という愛くるしさもある。

 こんなことされれば勝ち目はない。

 だがそれは常人のみに適用されるわけで。

 「そう。ひどいことをされたと。じゃあどうして陰太君とはホワイトボードを介して話さないの?あなた普通に話すの苦手だったわよね?」

 萌衣は見透かすように告げる。

 それは俺を庇っての一手なんてものではない。

 ただ事の真実を聞くまでもなく知っているからこその発言だろう。

 「さぁ、本当のことを言いなさい。これが最後のチャンスよ。分かってるわよね、姫香。」

 「うっ、すんすん・・・・」

 「もちろん、噓泣きなんてしないわよね?」

 一寸の隙も与えない。

 すべての行動を未然に防ぐ。

 見知らぬ美人の背後はもはや奈落の底だ。

 彼女は目をこすろうと少し上げた腕をすんと落とし、諦めたのか視線を下に落とす。

 「バレちゃいまちた。みつかってしまいまちた。」

 「どうしてバレたの?」

 「と、とっこうしたから・・・・。」

 見知らぬ美人の視線はさらに下へ、手を伸ばせば床に手のひらがびったりとくっつきそうだった。

 「あれだけ特攻は駄目と・・・・。まぁ仕方ないわ。とりあえずお疲れ様。これにて『作戦i』は中止ね。」

 萌衣は残念そうに、それでも最低限のお礼は言いつつ返事をした。

 見知らぬ美人は悔しさをひた隠すかのように握った拳に力が入る。

 ・・・・てか一体何のこと?!

 特攻ってのは俺の家のやつか?それともあの馬鹿でかい家への侵入か?

『作戦i』って何?

 分からない間に終わっちゃったし!

 とりあえず1段落着いたっぽいし、とにかく1番聞きたいことを・・・・。

 「そちらの方は一体?」

 「あぁ。言い忘れていたわね。彼女は兎田姫香とだひめか。家で雇っているお手伝いさん・・・・いえ、『メイド』と言った方が陰太君みたいなキモイ高校生にはロマンを感じるかしら。」

 萌衣はさっきまで剝き出しだった強者の牙を収め、いつもの調子で俺の事を侮辱する。

 今は十文字さん状態らしい。

 この女は普通に言えないのだろうか。

 それにしても、やはり萌衣はお金持ちらしい。

 立ち振る舞いや口調でなんとなくそんな気はしていたが、まさかメイドを雇うほどとは。

 流石としかいえない。

 「じ、じゃあその特攻とか『作戦i』とかっての・・・・」

 俺が疑問を1つ1つ解決しようと新たな質問を投げかけようとすると、萌衣と見知らぬ美人こと兎田姫香が咳ばらいをし、手負いのタスマニアデビルそっくりの表情でこちらに圧を送ってきた。

 女の子には秘密がいっぱいで、その秘密こそが女の子に奥ゆかしさをプラスすることだってある。

 いわば女の子にとって秘密はアクセサリーの1つと言っても差し支えないのかもしれない。

 俺は自分の中でそんな風に納得し、お口をミッフィーにした。

 「それじゃあもう暗くなってきたし、今日はもう解散にしましょう。」

 萌衣の号令にみんな相槌を打ちお開きの雰囲気になる。

 ただ1人を除いて・・・・。

 「またうちをハブってオチを作ろうとしてるんでしょ。ふんっ!やってみなさいよ!うち、今日ここから動かないから!さぁ説得してみな!あんた達の持てる力全部使って!」

 




 その後、霞がどうなったのか俺たちは知らない。

 女の子は時に1人にしてほしい時がある。

 普段はしつこくベタベタしてくるあの子も、陽キャグループのリーダーも。

 少し落ち着ける、俗世を離れ自分の世界に入ることは大切な人生の一時。

 そして男には空気を読むというスキルは必須である。

 これはただ強いものについていったとかそんな浅はかな考えではない。

 ただ・・・・俺は霞が1人になりたいんだと、そして俺はその霞の気持ちを尊重したんだ。

 そして俺たちは何事も無かったかのように帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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