第17話ツンデレ
朝からとんでもないことに巻き込まれてしまった。
俺は途中まで一緒に来た(連れてこられた)見知らぬ美人さんと別れ、今新たに学校に向かっている。
彼女には先に学校に行ってもらった。
何で一緒に来なかったのかって?そりゃあ目立つからに決まっているだろう。
俺みたいな限界突破の根暗陰キャ野郎が女の子と、ましてや美人な子なんかと歩いてみろ。
町中を走るスポーツカーくらい注目の的になる。
最悪俺だけが被害を被る分にはまだ何とかなるが、彼女に何かあったらと思うと、そんなリスキーな行動は全力で避けるべきだ。
責任なんて取れないからな。
そんなこんなで今1人で向かっているのだが、いつもより早い時間の登校のせいか同じ高校の生徒は誰もいない。
さくさく前に進んでいく。
ついには俺の前を歩く見知らぬ美人が見えた。
彼女が動き出してから少し時間を潰したんだが・・・・。
バレてしまっては元も子もない。
俺は秘儀気配消しを使用しこそこそと彼女の後ろを歩いた。
正直、彼女について何も知らないからちょうどいい。
この機会に色々知るか。
まるで熟練の忍びの様にこそこそと彼女の後ろをついていき30分が経った。
最初の5分は良かった。順調に俺のよく知る通学路に向かっていたから。
だが、途中からどんどん学校のある場所から離れていき、ついには俺の知らない道をグングン歩く。
どこなんだここは。
知らないところを歩くのは、それもほぼ1人でというこの状況だとものすごく不安になる。
もし彼女を見失ったりしたらと思うと。
「あっ止まった。」
俺の不安を感じ取ったのかはさておき、彼女はようやくその歩みを止めた。
彼女の目の前には近所で間違いなく有名であろう大豪邸があった。
猫1匹の侵入すらも許さないと言わんばかりのそびえたつ鉄製の門にの奥に、石造りの洋風な家。
1つ1つの窓が大きく、分厚い。
庭には芝が張られており、何より広い。
公園に行かずとも鬼ごっこが十分に楽しめるだろう。
そんな重厚感もあってか、周りの家がおもちゃの様に見えてしまう。
もしこの家の地中から胴体が出てきて歩きだしても何も思わないだろう。
ここが彼女の自宅なのか?
俺はさらに観察を続ける。
悪い事なのはわかっているが、ここまで見てしまった以上最後まで見届けるのが礼儀だろう。
まぁこれはただのエゴで、本音を言えば好奇心なんだが。
彼女は門を見上げる。
何かを確認し、ふんす!と鼻息を強く出し、そして・・・・門をよじ登り始めた。
ズンズン門と同時に犯罪者への道のりを駆け上がる。
朝だし、人は少ないとはいえ流石にまずい。
同じ高校から犯罪者なんて出したら、「あっ!不法侵入罪で捕まったやつがいる学校のやつだ!」と登校中に後ろ指を指され目立つかもしれないし、ほとんど他人とはいえ少し話した仲だ。
ここは止めるしかない。
俺は秘儀気配消しを解き、彼女に駆け寄る。
「ちょっとー!やばいよ!門は登るものじゃないよー!開くものだよ!登っていいのは未来への階段だけだよ!」
俺の声が聞こえたのか、彼女は門を登る手足を止め振り向いた。
そして驚いた顔で・・・・書く。
『どうしているんですか?!も、もしかして姫の事つけてきたんですか?!この外道!日本の不純物!社会不適合者!これは犯罪ですからね!ほ、報告しなければ。』
彼女は器用にも両足だけで門にしがみつき、左手にホワイトボード、右手に水性のマーカを持ち書いていた。
さっき喋れると言っていたのに、声も聞けたのに。
びっくりすると喋れなくなるのだろうか。
どうせ罵られるのならあの可愛い声が良かったんだが。
「お、落ち着いて。確かに君のことをつけて来たけど、今この状況を第3者が見たら間違いなく君からお縄にかかるよ!」
『全然落ち着いていますが。姫、大人の女性なんで。そっとやちょっとの事じゃ何ともないんですが。』
彼女は懸命に手を動かし、ホワイトボードをキュッキュッと言わせながら文字を書く。
その姿は愛らしく、まるで小動物を見ているようだった。
だが彼女はまだ重大なことに気づいていない。
彼女の肉食動物がこんにちはしている事に。
「立て続けで悪いんだけど、そのーガオーってしているというか、俺としてはワーオって感じなんだけど・・・・。」
『はっきりしないな。何が言いたい!』
「虎がね。君がスカートの中で飼ってる虎とさっきからずっと目が合ってるんだよね。」
『虎なんて飼ってないんだけど・・・・』
「ぴぎゃぁぁぁーーー!!」
彼女は持っていたホワイトボードと水性のペンを落とし、そのまま自分も門伝いにするするとスカートを押さえながら落ちてきた。
落ちてきた彼女の顔は真っ赤で、まるで木から落ちてきたリンゴを彷彿させる。
「ままがかんさいじんのひとだから。ひめのしゅみじゃないから。」
そ、そこなんだ!やっぱり少し変わった人だ。
「そのー、俺が言うのもなんだけど見せパンとか履くのが普通なんじゃないの?」
「い、いつもははいてるもん。きょうはあんたのいえにいったせいでじかんなかった。ひめ、いつもぎりぎり。よゆうがないとまわりがみえなくなる。それでよくおこられる。きょうもおこられる。せきにんとってよね。」
彼女は照れて顔を隠していた指の隙間から、見上げるようにこちらに視線を送る。
彼女からすれば怒りを表現しているんだろうが、むしろ気持ちいい。
「なんでかおまっかなの?おこってるんだけど。」
「い、いやぁー。お構いなく。」
「そう。じゃあひめもういくから。」
それと同時に彼女は落としたホワイトボードと水性ペンをカバンにしまい門を登り始めた。
今度は右手でスカートを押さえて。
「不法侵入は立派な犯罪だよ。虎みたいに鉄製の檻に入れられるよ!それも登れないような。」
「これはしごと。そしてひめのいきがい。」
そう言って彼女は門を登り切り、屋敷へとスタスタ入っていった。
俺は悟った。彼女を止めることはもう不可能だと。
時刻は8時30分。8時40分までに学校に着かなければ遅刻になってしまう。
このままだと間違いなく遅刻だ。
俺はスマホのマップ機能を使い走る。
・・・・そういえばなんであの子俺の家知ってんだ?
猪突猛進。
俺は学校までの道のりを走りに走った。
携帯のマップを頼りに普段は通らない道を。
少しくらい遅れたっていいじゃないか!必死過ぎだろと思うかもしれない。
だが俺は知っていた。
途中から教室に入るあの気まずさを。
教室にいる全生徒の視線に入るあの緊張感を。
そろそろ結果を言わせて頂こう。
・・・・間に合いませんでした。
静寂に包まれた授業前の朝読書の時間。
俺の開いた扉の音に反応するかのように視線というレーザーポインターを浴びに浴び、俺を迎い入れる。
体からは走った後の爽やかな気持ちの良い汗ではなく、汗腺という汗腺から冷汗が流れた。
俺は開いた扉を閉めるのと同時に心の扉を閉じ、これといって面白みのない木目調の床にそっと視線を落とし自分の席へと戻った。
そのとき不意に見えた、プルプルと震えながら笑いをこらえる萌衣をどう懲らしめてやろうかという闘志は忘れずに。
時は過ぎ、待ちに待った放課後。
朝のイレギュラーがまるで嘘かの様にいつも通りこの時間まで過ごせた。
授業中は興味のない勉強の話を聞き、休み時間はスマホとにらめっこ。
昼休みにはトイレにて昼食を済まし、残った時間はまたしてもスマホとにらめっこ。
そして眠い目をこすりながら残りの授業をうける。
本当に代わり映えのない日々。
とは言ったものの1つだけ変わったものがある。
俺は期待してしまったのだ。
萌衣が話しかけてくれることを。
「何で遅刻したのかしら?」と嘲笑うかのように聞かれたり、「何汗かいてるの?見苦しいわ。今すぐ頭からシー〇リーズぶっかけたら?」と冷たい目で見降ろされながら言われることを。
そこから休み時間には俺の下へやってくるようになり、今まで以上に深い仲になることを。
もちろんそんなことは無く、あれ以降萌衣のアクションは1つも無かった。
期待することは多くの後悔を生み、自己嫌悪になり自意識過剰であることを目の当たりにする。
良い事なんて1つも無いことは重々承知だったはずなのに・・・・。
だが俺は、まるでさっきのことが無かったかのようにこれから起こる楽しい出来事にまたしても期待を膨らませ、奥行きのある廊下の先を見ながら目的地まで向かった。
少し猫背になりながら。
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