第16話ギャップ萌え
あのデート?から1夜明け、孤独で生産性のない日曜日を過ごし、さらに1夜明けた。
今日はさらに生産性を疑う、月曜日という名の登校日。
これから始まる5日間のことを考えると、やるせなさと倦怠感でここら一帯を破壊してしまいそうだ。
破壊するにしろ、とりあえずこの人間吸着機であるベットから体を離さなければ。
くっ、は、離れろーーー!
『ドタドタドタドタ』
ん?なんだ?誰かが階段を上る音が聞こえる。それもものすごい足音で。
今いる3階には俺の部屋と
普段、陽奈たんの足音は羽でも生えているのかと疑うほどに静かで、こんな足音はありえない。
となると、我が家の絶対的支配者である母の可能性が急浮上してくる。
犬と猿、母と朝ぐずる息子。
こんなにも両極端で相性の悪いものは無い。
だが、この状況で息子にはパッと起きるよりも優先すべきことがある。
息子の息子を寝かすことだ。
男の性というか、なんというか。
なぜか、本体の息子は朝弱いのに、息子の息子は朝から元気である。
これは世の男子すべての悩みであろう。
そうこうしていると、階段を上るドタドタ音は消え、廊下を歩く音が聞こえる。
もう時間がない。俺の部屋は階段を上りきれば目と鼻の先。
こうなれば最終手段。
俺は掛け布団をかけ、高校で身に付いた秘儀『寝たふり』を自宅で初公開することにした。
「よ、陽太!玄関に、玄関に陽太を呼ぶ女の人が!」
そう言って俺の体を揺する。
俺はばれない程度に薄く目を開け、状況を確認する。
や、やはり母だ。だが別に怒っている様子はない。むしろ驚いている。
女?しかも俺を呼ぶ?
宗教勧誘か?朝からご苦労なこった。
「陽太、いつまで寝てんの!人を待たせてるのよ!」
少し声のトーンが大きくなる。
そろそろまずいな。で、でも、まだ息子が・・・・。
「早くなさい!」
さらに声のトーンが大きくなり、その勢いのまま俺の掛布団をひっぺがえす。
俺は今日秘儀のみならず、パンツの下から反り立つエベレストも初公開することになってしまった。
「い、いやーん。強引なんだから。」
俺は半泣きになりながらも、笑いでごまかそうと最後の抵抗を図る。
「天保山クラスね。早くその情けないものを収めなさい。」
母は冷徹に、山の頂上の冷え込みくらい冷たい言葉を俺に、俺の息子に向けて告げた。
いやいや、もうちょいでかいだろ。で、でかいよな?
「あと、そのお粗末な物収め終わったら、陽奈のことも収めてね。」
「は?ど、どういう・・・・」
母は、俺の問いかけには応じない、そんな意思が感じられるかのようにそそくさと俺の部屋を出た。
いったいどういう意味なんだろう。
俺は一片の疑問を抱きながらも、すっかり深い眠りについた我が息子と共に、早急に支度を始めた。
制服を身にまとい、寝ぐせを直し、歯を磨き、一通りの身支度が終わる。
人を待たしているらしいので朝飯は食えなかったが。
ちなみに俺は朝は基本毎日食べるタイプだ。
カリッと焼いたトーストにスクランブルエッグとサラダ、温かいコーヒーに爽やかな家族との団らん・・・・なんてドラマやアニメじみた物は1つとしてなく、全く当てはまらないが、母が温め直してくれた昨晩の残り物と、インスタント味噌汁がある。
一般家庭の朝ごはんなんてこんなもんだろう。
毎朝忙しい母を毎日見ている俺からすれば、文句のつけようがない。
それに、俺の朝飯はまだましな方だ。
我が家の大黒柱である父の朝飯はかなり悲惨なものである。
インスタント豆のコーヒーに、カロリー〇イト。
これだけ見れば朝から忙しい、バリバリ働く凄腕営業マンのようで、見る人が見ればかっこいいと思うかもしれないが、そんな大それたものではない。
元はと言えば父も俺と同じメニューだった。
だが、いつかの父のお小言がきっかけでこのような悲惨なメニューへと変貌することになった。
当初は父も困惑していたが、我が家の大黒柱は大黒柱であって我が家の
昔は母の上にまたがり腰を勇敢に振っていたと思われる父も、今では母の尻に敷かれている。
些細なきっかけと時の流れには注意せねばという事に毎朝気づかされる。
俺はなんて恵まれた家に生まれたんだろう。
おっと、人が待ってるんだった。さて、今日もお勤めに行くか。
俺は最後の身だしなみチェックを済まし、1階の玄関へと向かう。
そういえば、陽奈たんを収めるって本当になんなんだ?
それに、さっきから1度も陽奈たんの顔を見ていない。
もう行ったのだろうか。
俺は階段を下り終え、玄関のローファーを履き、扉を開ける。
エリ〇ベスーーーー!?
扉を開けた先には『銀〇』のエリ〇ベスの如く2人の少女たちが筆談していた。
なになに、革命起こそうとしてるの!?攘夷志士なの!?
パロディが多いアニメのパロディって・・・・。
むろん、1人は我が神妹である陽奈たん。
我が妹ながら、今日も今日とて可愛い。
いつもの黒髪ツインテールは夜空に流れる天の川の如き輝きを放ち、パッチリとした目はまるで宝石。
彼女の着る中学の制服からはイギリス貴族の様な風が流れる。
やはり今日も可愛い。安定に可愛い。
が、今は見とれている場合ではない。
この謎の状況を見て確信した。母はこれを収めて欲しいのだと。
さて、俺を呼んだ女の顔でも拝んでやる・・・・えっ俺と同じ高校の制服!?
で、でもこんな子知らないんだが。
そもそも高校で知っている奴なんてほんの1握り、部の奴しか知らない。
それに、こんな美少女、1度見れば絶対に忘れないだろう。
肩で切りそろえられた、ふわっとした黒い髪はまさにシルクのよう。
陽奈たんに負けじと大きな瞳は、見るものすべてを飲み込んでしまいそうなほどに魅力的。シュッとした鼻筋の少し下にはちょこんと小さな口。
華奢な体なのに女の子の象徴ともいえる2つの膨らみは、制服越しでも分かるほどに大きい。
だが、彼女からはすごく人を寄せ付けないオーラの様なものが感じる。
それのせいか、彼女はとてもクールなかっこいい女の子に見えた。
『いつまであいつの事見てんだよ!ぶち殺すぞ!』
シュバッと俺の方に筆談用のミニホワイトボードが向けられる。
どうやら陽奈たんがお怒りのようだ。って俺とは筆談じゃなくてもよくない!?
「す、すまない。つい、見知らぬ美人だったから。」
『空気読んでよ!お兄ちゃん』とまたしても勢いよくホワイトボードが向けられる。
今度は見知らぬ美人さんからだった。
喋ってはいけないらしい。でも俺には筆談できるアイテムがない。
俺がポケットやら何やらをまさぐっていると、マジック付きのホワイトボードが飛んでくる。
『恩に着る』
『いいって事よ!』と見知らぬ美人さんは内気なコミュニケーション方法とは裏腹に、アクティブにも腕をグッと前に突き出し、親指を立てる。
なら喋れよ!とは思うが、このホワイトボードの数といい、何か喋りたくない、喋れない事情があるんだろう。
陽奈たんもなんとなく勘づいたのか、この筆談にのっていると言ったところだろうか。
「ちょっと待ちなさいよ!お兄ちゃんって何?」
陽奈たんが般若の様な形相で俺たち2人を睨みつけながら言う。
って喋るんかい!
反応すればややこしいことになりそうだったから無視したのに。
結局面倒なことになりそうだ。
もちろん本当に彼女のことは何も知らない。
「いや、本当に・・・・」
『文字のままよ。あなたは日本語もまともに読めない低知能でその口調から察するになんの趣もない蛮人なのね。それでは時間ですので。』
見知らぬ美人さんは俺が話すよりも早く、ホワイトボードにこの長文を書き込み、俺の話す言葉を遮るかのような勢いで出した。
そして、そのままの勢いで俺の下に歩み寄り、俺の手をつかみ無理やり学校のある方角へ連れていく。
「ちょっと!あんた達どこ行くのよ!」
狂気じみたそんな声が聞こえたが、俺を引く手は止まることがなかった。
母よ、場を収めるどころか新たな山場を作ってしまったようだ。
数分が経った。
俺の手は相変わらず見知らぬ美人に引っ張られ、もう片方の手には何も書かれていない純白のホワイトボード。
この異色の持ち物?と不可解な状況に頭がついていかなかったが、時間が経てば処理できるわけで。
「あ、あの!もう自分で歩けますんで。」
俺は無理やり足を止め、学校の方角へ猪突猛進するのを止める。
すると、彼女は後ろにのけぞりつつもピタッと止まり、俺の手を離した。
少し残念な気もしたが、そろそろ登校する生徒に鉢合わせする場所になる。
俺にとって目立つことは死に直結する。
あの暖かい手をもう1度触れたいと心の奥底から思うが、次のチャンスを待つことにしよう。
俺はまだ誰の手によっても汚されていない純白のホワイトボードに手を出す。
『朝から俺に何の用だ?』
反り立つエベレストを見られ、母に面倒ごとを丸投げされ、朝飯が食えなく、これから起こり得る陽奈たんの逆鱗の元凶である彼女の訪問の理由を探る。
もちろん、彼女のコミュニケーション方法に乗っ取って。
すると「しゃべれるんですけど。」とクールな雰囲気からは想定外なまるで声優さんの様な、それもどちらかというとロリ系のキャラが多いそんな可愛い声で、さらに話せるというまたまた想定外なカミングアウトをされた。
「そ、そうか。すまん。ならこれは返すな。」
俺はさらに頭の回転を上げ、状況を整理する。
「おとめのじゅんけつをうばっておいてせきにんほうきですか。おとこぎがないくずやろうと。さっそくほうこくしなければ。」
彼女はスマホを取り出し素早い手つきでどこかにメールを送った。
「ちょっと待ってよ!乙女の純潔?このホワイトボード女の子だったの?てか、そんな大事な物奪った覚えないんだけど!」
「だだもこねると。」
またしても神速でスマホをフリックし、ピロンと言う効果音と共にどこかの誰かさんに俺の悪行が拡散される。
「ぎゃぁぁぁぁあーー!!ちょっと!誤解だよ!一体誰に報告してるのさ!」
「な、ないしょ。」
彼女は顔を真っ赤にして答えた。
なんでーー!?
ま、まぁいいや。この子に対しての疑問は夏のセミほどある。
とりあえず1つずつ消化していこう。
「君はどうしてホワイトボードで会話してたの?俺とは話してくれるのに?」
どう考えてもこれが1番の疑問だ。
俺の人生の中には、たしかにいくらか個性的な方々はいたが、この子は別次元だ。
ホワイトボードで筆談なんて奇妙なコミュニケーションは別格、ましてや普通に話せるのに。
それもこんな可愛い声なのに。
「・・・・あなたにはなんどもきかれているので。」
そう言って彼女は俯く。まるで全てをシャットアウトするかのように。
なるほど、わけありか。
こういう時の対処法は知っている。
俺の所属する部の恩人から教わった。
「そうか。そんなことより、俺の神妹めちゃ可愛かったろ!来年は高校生になるんだぜ!あー、俺の高校に来ねぇーかなー。」
「ちょ、そうかでおわり?あなたがきいてきたのに。」
「まぁな。無理して話す事でもねぇしな。それよか楽しい事だけ考えようぜ!朝から暗いと夜が可哀そうだろ。」
俺は太陽に両手を掲げる。今なら地球のみんなから元気を貰えそうだ。
「なんですかそれ。まぁ、これもほうこくしなければ。かれはびょうてきなほどにしすこんであると。」
彼女の顔に光が宿った。初めて見る笑顔は太陽が可哀そうなほどにまぶしかった。
「病的?あまいな、狂気的と報告してくれ!」
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