第15話好きの定義(終)真実の側面

 俺たちは少しお話するために、ゲームセンターから少し離れた喫茶店に向かう。

 萌衣曰く「あそこは人も少ないし、お話しするのにはもってこいの場所よ。」という事らしい。

 正直、萌衣の行きたい場所や、お勧めする場所にはあまり期待できないというか、いい思い出がない気がする。

 直近のプリクラ機があんなんだったんだ。

 警戒するのも無理はないだろ。

 「陰太君、喫茶店って行ったことあるのかしら?」

 「1度もないが。」

 「そうよね。ごめんなさい。当たり前のことを聞いてしまったわ。陰太君が喫茶店というおしゃれさん御用達の崇高な場所に行けるわけないわよね。」

 えっ、こいつ殺していい?行こうと思えば行けるし。

 ス〇バには行ったことあるし。抹茶フラペチーノ飲んだことあるし。

 てか、ス〇バって喫茶店カウントしていいのかな?

 「でも、陰太君。今回に関してはあなたのその、イモイモヘタレ陰キャ精神が功を奏したわ。」

 「おいっ。ちょっと待て。なんだそのイモイモヘタレ陰キャ精神ってのは?」

 「今から行く喫茶店は他の店と3味くらい違うのよ。だから、喫茶店に慣れた人が行くと注文方法が難しくて恥をかいちゃうのよ。」

 「そんなことより、イモイモヘタレ陰キャ精神の説明を。」

 「でも安心しなさい。あなたは素人、駆け出し、初心者、童貞だから。私の注文を真似すれば大丈夫。恥をかかないわ。」

 無視かよ!まぁいいや。説明聞けば余計心に傷を負いそうだったし。

 てか、そんなに喫茶店に行くの初めてなの誇張しなくてもよくない!?

 最後のは喫茶店初心者じゃなくて、別のことが未経験なことの意味を指す言葉なんだけど。これももう無視しよ。

 「さぁ、着いたわよ。」






 萌衣の指さす所には、ログハウスっぽい、いかにもおしゃれな喫茶店って感じの建物があった。

 周りには、人工感たっぷりの木がその建物を縁取る様に植えられており、森の洋館を連想させる。

 たしかにこれが喫茶店の基本形態なのだとしたら、1人で来るのは確実に無理だし、何人かで行っても躊躇してしまいそうだ。

 「それじゃあ、陰太君は私の後に続くのよ。」

 そう言って萌衣は颯爽と店内へと入った。

 




 「いらっしゃいませー。」

 店に入るとすぐに店内から可愛らしく、聞いただけでとろけてしまいそうな、まるで声優さんの様な声が聞こえた。

 ・・・・心なしか何処かで聞いたことのあるような気がする。

 き、気のせいだよね。

 店内は萌衣の言う通り人が少な・・・・全くいなかった。

 経営素人の俺が言うのも何なんだが、この時間に客が0なのは大丈夫なのだろうか。

 そんな俺の心配はよそに、萌衣は店内に入るや否や、敷かれたレールを渡るかのようにさっさとレジへと向かう。

 俺も遅れないようそそくさと萌衣の後ろを金魚の糞の様についていった。

 




 店内に入り、数歩歩いた先のレジに到着する。

 レジに着いて驚いたことが、というか時代の変化を思い知った。

 レジには人が誰もおらず、ペッ〇ー君を彷彿させるような機械がレジ前に立っている。

 ペッ〇ー君と違うところと言えば、機械のくせに真っ裸じゃなく、喫茶店店員の様なフリフリのドレスを着ている。性別はたぶん女?そんなところだ。

 女なら尚更真っ裸を見たかったんだが。

 「私の注文をよく見てなさい。」

 萌衣は威勢のいい声でペッ〇ー君(メス)に話しかける。

 「すいません。」

 「いらっしゃいませ。ごちゅうもんはなににしますか?」

 「うっ。そ、そーねー。じゃあこ、このメッチャフラペティーノを。」

 なにそれーーーーー!

 メッチャフラペティーノ、一体どんな味がするんだ。

 何か抹茶フラペチーノぽい感じがするけど。

 「おじょう、なんですか!めっちゃふらぺてぃーのなんてありませんよ!あんなにれんしゅうしたのに・・・・。どうするんです?」

 「う、うるさいわね。仕方ないでしょ!陰太君の前なんだから。あんたも話合わせなさい。」

 何やら店員さんとこそこそ話しているんだが・・・・。

 知り合いなのだろうか。

 「あのー2人?いや、1人と1機?は知り合い何ですか?」

 「いえいえ。きょう、いま、このとき、このしゅんかんにはじめておあいしました。」

 「で、でもすごく仲良さそうに・・・・」

 「陰太君。さぁ次はあなたの番よ。早く注文しなさい。」

 どうやらこれ以上踏み込んではいけないようだ。

 萌衣から覇〇色の覇気が出ていた。

 もしかしたら萌衣こそがワ〇ピースを手に入れるのかもしれない。

 「は、はい。それじゃあ俺もメッチャフラペティーノを。」

 「・・・・ふふ、ひひひひひゃはははは。す、すいません。わらいをたえきれませんでした。かしこまりました。めっちゃふらぺてぃーのですね。」

 「死ね!」








 俺たちはメッチャフラペティーノ・・・・ではなく抹茶フラペチーノを持って空いている席(全席が空席なんだが)に座る。

 どうやらメッチャフラペティーノ何てものは存在せず、萌衣が抹茶フラペチーノを言い間違えたらしい。

 何も、死ね!まで言う必要は無かったんじゃないのだろうか。

 笑ったの俺じゃないし・・・・。

 「陰太君。その、そろそろ本題に入ってもいいかしら。」

 萌衣はさっきまでの威勢のよさやら元気な態度が、まるで嘘かのように、申し訳なさそうに言う。

 そんな雰囲気を醸し出しつつも、目の奥にはどこか覚悟を決めた、秘めた強い思いが見える。

 忘れてはならない、ここに来た理由を。

 萌衣が場の空気を無視してまで話さなければならないことだ。

 期待に応えられるかどうかは分からないし、自信もない。

 でも、それでもここで引いてはならない。

 「もちろん。」

 俺は萌衣の質問に力強い返事をする。

 それは萌衣に伝わったようで「ありがとう。」と気持ちのこもった返事が返ってきた。

 まぁ俺としては抹茶フラペチーノを一口飲んでから始めたかったんだが・・・・。





 「それで俺に話したいって事って何なんだ?」

 「私と霞の関係についてよ。」

 萌衣の口から初めて霞のことを霞と呼ぶのを聞いた。

 普段はカスやらなんやらひどい呼び方をしていたのに。

 「私は高校生になったら大人しい女の子になろうと思っていたの。中学の時は褒められた学校生活を送ってきたとは言えなかったから。でもね、やり過ぎたの。」

 「と、言うと?」

 「大人しくし過ぎて誰一人として話しかけてこなかったの!縁の大きい黒い眼鏡を着けて、髪は三つ編みにして制服は着崩さず。今なら分かるわ。あざとすぎたのよ!」

 萌衣は店に人がいないことをいい事に、大声で言う。

 まるで自分の家かのように。

 「そうこうしていると、陰太君とあのゴミ共の喧嘩?が始まって、陰太君が帰った。その後はもう地獄だったのよ。」

 「す、すいません。」

 「まぁ、陰太君のやったことは褒められたものではなかったけど、私としてはあれぐらいやって当然、むしろもっと行けと思ったくらいよ。」

 あれ?萌衣俺の事泣かせに来てる?てかなんか目が熱いんだけど。

 「何泣いてるのよ。話はこれからよ。そのまま入学式が終わって、帰ろうとしたの。そしたら霞が『一緒に帰ろう』って言って私の手を握ったの。俯きながらも、強い言葉で。あの子少しズレてるじゃない?多分だけど私の地味な女の子っぽい恰好(笑)に仲間意識を持って、自分と気が合うと思ったんでしょうね。帰り道も一緒かどうか分からないのに。でもすごく嬉しかった。」

 霞との思い出を話す萌衣はとても幸せそうで、何か月も一緒にいたのに萌衣のあんな幸せそうな顔を初めて見た。

 霞、やるじゃないか。

 「その日から霞とはとても仲良くなったわ。今では考えられないでしょうけど。」

 「ま、まぁ。犬猿の仲って感じだもんな。」

 「今はね。でもあの時は全然違ったわ。そんな感じで日々を細々と過ごしていたら、ある日霞が『部活を作りたい』と言い出したの。霞は陽キャラになりたいと常々言っていたわ。部活を作って新入部員を集めるという名目で友達を作ろうとしたんでしょうね。正直、私は霞と2人で、2人だけが良かった。でも私は嘘をついた。そうしてできたのが『読書活動研究部』ただ単に友達を作るだけの部。霞の欲望と私の嘘からできたもの。どう。嫌になってきたでしょ。」

 萌衣の口から出る言葉には思い出に浸る、そんな感情に、自分への後悔や嫌悪感など負の感情が見える。

 こんなこと本当は言いたくないんだろうなという事が言葉の節々から伝わる。

 俺としては正直、嫌になったというよりも、ただただ驚いただけっていう感じなんだけど。それに・・・・。

 「その嘘は優しい嘘じゃないの?少なくとも俺は、霞のことを思っての嘘だと思ったんだけど。そんな優しい思いから生まれた部を嫌になるわけないじゃん!」

 俺は自分でも途中から恥ずかしくなるような事を口走っていた。

 臭すぎる。シュールストレミングなんて比にならないぐらいに。

 「ありがとう。でもそんな綺麗事がこれから話す事を聞いても言えるのかしら。」と俺の臭い言葉の奥底を見透かすような、そんな冷たい視線を送りつつ、淡々と告げる。

 「部を設立して、少し経ったある日、霞は化粧を教えて欲しいと言ってきた。私はその時、初めてと言っていいほどに霞の顔をしっかりと見たの。びっくりしたわ。言いたくないけどすっごい美人だったわ。」

 萌衣は唇を血が出そうなほどに強く噛み、顔をゆがめながら言う。

 どんだけ霞のことを褒めたくないんだよ!

 ま、まぁ俺も素直に霞を褒めるってなったら、あんな顔になりそうだけど。

 「その時、私は・・・・私は恐怖を感じたわ。あの子に普通の化粧を教えて、今でもかわいいその顔にさらに磨きがかかることに。あの子が目立つことに。私の唯一の高校で出来た友達、私だけの物が他の奴らの手に渡ることに。そんなのは絶対嫌だった。だから私はあの子に、霞に変な化粧を教えたの。あの子の魅力が少しでも落ちる様な。案の定、霞はそんなことに気づかないで馬鹿みたいに私の教える化粧を受け入れたわ。どう?これが私。自分の私利私欲のためには手段を択ばない。陰太君が恩人と言った女は他人の不幸なんてそっちのけ。卑怯で、クズで、独占欲の強い醜い女。これを聞いた後でも陰太君は私のことを恩人と言えるの?」

 萌衣の強く、そして悲しげな言葉は俺の胸に、そしておそらく萌衣自身に強く突き刺さった。

 萌衣の言う萌衣は俺の知らない萌衣で、萌衣しか知らない萌衣。

 でも、そんなの知らねぇよ。

「もちろん言えるさ!萌衣は俺の恩人だ。何度でも言える。何があっても萌衣が俺の恩人であることには変わりない!あの時俺に入部を許したのは萌衣だ!嘘からできた部?そんなことどうだっていい。萌衣が卑怯だって、クズだって、独占欲が強くたって、醜くたって関係ない!俺に手を差し伸べたことに変わりはないからな!それに、あれだ、自分の大切なものが他の奴に回るくらいならどんな事でもするってのは悪い事じゃねぇと思うぜ。もし萌衣が誰かと付き合うとかになったら俺だって何するか分からねぇ。どんな手を使ってでも引き戻す。良い事じゃねぇか。だから、自分のことを悪く言うのはこれで最後にしろよ。恩人の悪口なんて他人からでも、ましてや本人から何て聞きたくねぇからな。」

 俺は思いの節を述べる。

 萌衣が自分の事を卑下したことに少しイラっとしたのもあったし、場の空気に飲まれたというのもあったが、少し熱くなり過ぎた。

 何を言ったのかあまり覚えていない。

 変なことを口走ってなきゃいいけど。

 「陰太君のくせに・・・・10秒待ちなさい。」

 そう言って萌衣は後ろを向いた。

 「ど、どんな手を使っても連れ戻すですって・・・・。それってもう・・・・。」

 「どうしたんだ。もしかして俺変なこと言ったのか?今謝ったらセーフか?」

 「残念。もうアウトよ。」

 振り返った萌衣の顔は、さっきまでの不安な顔から一変、清涼飲料水の様な爽やかな笑顔になっていた。

 どうやら一件落着のようだ。

 「さぁ、帰りましょう。」

 「そうだな。」

 俺たちは一口も飲まずに放置していた、水滴だらけの抹茶フラペチーノのカップを持ち店を出た。






 「なぁ話をぶり返すようで悪いんだが、結局何で萌衣と霞は仲悪くなったんだ?」

 「1つ想定外のことが起こったの。」

 「へー。どんな事が?」

 「私が教えた変な化粧が何故かこの学校で高評価だったの!陰太君も知ってるでしょ!」

 「ああ。知ってる。それで?」

 「あのカスに人が集まりだしたのよ。それにイライラした私があのカスに強く当たったってわけ。」

 なるほど萌衣らしい。

 「ねぇ陰太君。1つ聞いていいかしら。」

 「なんだ?」

 「・・・・・・・・私たちのクラス、色々ズレてるというか、あんまりこんなこと言いたくないんだけど、高校デビューっぽい人多くない?」

 「だよなーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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