第14話好きの定義(中の2乗)
プリクラを撮り終えた俺たちは、次にプリ機のそばにある落書きブースへと向かった。
落書きブースとは、撮り終えたプリクラのデータに自分たちで文字やら絵、プリ機に内蔵されているスタンプなどを自分たち好みに書いたり付けたりするスペースのことだ。
具体的な例を挙げるとするならば『チャリで来た』やら『マジ卍』やら・・・・これはちょいとばかし古いが、まぁこんな感じである。
以前、男友達(中学の頃の)だけで行った時は流れ作業だったんだが、今日は女の子と2人きり。
流れ作業になんてなるはずがない。
落書きブースは基本的に狭く、2人入るのが限界で、仮に2人で入ったとしても肩が触れ合ってしまう。
そんな距離感で何分間か萌衣といなければならない。
俺、臭くないかな。
そんなことを思いつつ、落書きブースに入ろうとしたその時「陰太君、何一緒に入ろうとしてるの。落書きブースは女の戦場よ!外で待ってなさい。」と怖いほどにぎらつかせた視線を送りつつ、冷徹に告げられる。
その目はまさに真剣そのもの。何かを成し遂げようとする芸術家のようにも見えた。
正直、落書きブースの狭い空間でのイチャイチャを考えなかった訳ではないがそんな目をされれば断れるはずもなく。
「Good Luck!」と思わず敬礼してしまった。
後にこの判断が大きな後悔生むことも知らずに・・・・。
5分ほど経っただろうか、落書きブースから萌衣が出てくる。
途中、待っている間、コインゲームでもしていようかとも思ったが、頑張っている萌衣のことを考えるとどうも気が乗らなかった。
一体どんな作品を作り上げたんだろう。
写真の素材はいかにもカップルって感じだ。少しくらい甘酸っぱい青春の色を感じられるものになっているといいけど。
「待たせたわね、陰太君。私の最高傑作と呼んでいい代物が出来たわよ。」
そう自信気に言って、出来上がった最高傑作と自負するプリを渡す。
俺はそれを受け取り、プリに視線を落とした。
渡されたプリクラには、俺の熱望した甘酸っぱい青春の色は全くと言っていいほどになく、その代わりにどす黒い嫌がらせの数々が見える。
「なんなんだよ!これ!」
「何度も言わせないでよ。最高傑作よ。」
「ほぉー。これが最高傑作。ならこの最初の指ハートのポーズのこれはどう説明するんだ。」
俺は指ハートのポーズをしている俺たちの上部に書かれた『陰太君、強引なんだから・・・・。』という落書きを指さして言う。
「ポーズに全く関係ないし!あと、なんか俺萌衣にエッチなこと要求したみたいじゃん!」
「事実じゃない。この作品には童貞の秘められた誰よりも強い性欲、そして1癖、2癖なんかじゃ足りないくらいに癖の強い性癖を表しているわ。つまり、か弱い女性への注意喚起というところかしら。」
萌衣は、まるで熟練の芸術家を彷彿させるかのように、自分の作品(落書き)に込めた思いを語る。
態度と口調だけを見れば、間違いなく納得してしまうだろう。
だが、言っていることは無茶苦茶だし、被害者は俺だし。
もちろん、変な作品はこれだけには収まらない。
「ふーん。じゃあこの2人で大きなハートを作った時の『私こと、十文字萌衣は被害者です。』って何!嘘ついてるじゃん!萌衣、結構ノリノリだったじゃん!俺より先に半ハート作ってたじゃん!」
「ノリノリちゃうもん!そんなことないもん。半ハートも本当は作りたくなかったけど、姫香が・・・・プリクラがやれって言ったから仕方なくやもん!」と顔を真っ赤に、さっきまでの余裕は嘘かのように早い口調でまくしたてる。
どうやらこの落書きは照れ隠しだったようだ。
まぁこんなの普通ならやりたくないし、黒歴史だよなー。
少し考えれば察することが出来たかもしれない。
「なんか、ごめんな。」
「何よ。その哀れなものを見る目は。」
「何でもないさ。」
さぁ、次だ次。どうせ次の写真も他人に見られたら俺が不利になるような落書きが施されてるんだろ。
そもそも、次の写真は無加工の状態ですら爆弾なんだよなー。
萌衣とのバックハグ・・・・。
死ぬまでにもう1回したいものだ。
だが、今はそれどころではない。
「このバックハグのやつなんて・・・・えっ何も書いてない・・・・。」
あれ?おかしいな。
こんな核兵器級にやばい代物に一切手を加えていないなんて。ま、まさか・・・・。
「この写真実は気に入ってるのか?気に入ってるから何も落書きしなかったとか?おいおい、恥ずかしいじゃねぇか。ハハッ!」と俺はここぞとばかりに、まるでさっきまでの、いや、これまでの鬱憤を晴らすかのように茶化す。
現実的に、ありえない論を並べて。
さぁ後は萌衣にどつかれるのを待つだけだが・・・・。
「・・・・・・・・。」
萌衣は俺に手を挙げるどころか、いつもは軽やかに動く口すら動かさず、俯いてしまった。
・・・・言い過ぎてしまったか。
と、とりあえず謝らないと。
「すまん。言い過ぎた。な、なんだ、こんなことを言っといて何なんだが、このプリ嫌いじゃないぜ。むしろ萌衣に合法的に抱き着くことが出来て、ちょっとラッキーって思ってるぐらいだし。めっちゃいい匂いしたし。」
俺は、思いの節を話した。
もちろん弁明のためでもあるが、たまには自分に素直になるのも良いかなとも思ったし・・・・。
「・・・・・・・・、フフッ。フッハハハハハハハ。」
俺の心の内を告白した最初の返事は、まさに悪魔と呼んで相応しい高笑いだった。
な、何か変だけど、とりあえず機嫌は良くなったと思う。
俺は一安心した。
だが、ここで心配しなければならなかったのは、自分の身であることを俺はこの後すぐに痛感した。
萌衣はおもむろにスマホを取り出し、こちらに向ける。
そこから流れ出す音は、先ほどの俺の言葉だった。
「陰太君。合法的に抱き着けてラッキー、いい匂いした。これってセクハラよね。」と意地悪な姑が、嫁のミスを見つけた時くらいに悪意のある笑顔を見せて言う。
この女!録音してやがった。
自分で聞いてもこれは言い逃れできない。確実にセクハラ発言だし、しかも恥ずかしい。
俺めっちゃクサいこと言ってんじゃん!
「この録音と、このプリがあれば陰太君は絶対服従。分かる!つまり最強の弱みを握られたという事よ!」
その言葉は、俺の胸にグサッという効果音が聞こえたかのように錯覚するくらい見事に刺さる。
俺は自分の言ったクサい発言による羞恥心と、1番弱みを握られたくない相手に握られた後悔で、自我を失いそうだった。
「ま、まぁこのプリを気に入ってくれたっていうのは嬉しかったけど・・・・。」
「俺にまだ至らぬ点がございましたか?!すいません。聞き取れませんでした。もう1度、大きな声でお願いします!」
「死ね!」
その言葉を残して萌衣はゲームセンターの出口へと足を運んだ。
昼間の照り付ける様な強い日差しから一転、優しく、オレンジがかった日差しが出ている。
時間の流れは意識していないと早いもので、もう夕方の終わりごろに差し掛かろうとしていた。
そろそろお開き、そんな空気が俺達の間に流れ始めている。
どちらかがもう帰ろうかと1言呟けば解散というその時、萌衣が口を開いた。
その言葉は想定外のもので「最後に少しお話しましょう。」というものだった。
もちろん、俺にこれから何か予定があるわけでもなく、門限があるわけでもない。
だから、全然お話に付き合うことは出来るが・・・・。
意外だった。
萌衣は周りの空気間とかそういうのを察して行動できる人だと多少の付き合いで理解していた。
俺でも読めたお開きの空気を萌衣が察せないわけがない。
その空気を遮ってまで俺に何か言いたいことがあるのだろう。
おそらくそれは萌衣にとってとても大切なことで・・・・。
「もちろん!全然いいぜ!」
俺は2つ返事で返した。
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