第6話 ハンマーヘッドシャークのハンマー

  負けられない戦いがここにある。 

 俺は昨日やっとの思いで我が神妹かみまいである陽奈たんとのデートの約束にこぎつくことが出来た。

 それは取引先の社長とゴルフをするぐらい緊張し、陽奈たんをめいいっぱいよいしょしなければならないものである。

 なんせ今日のデートは陽奈たんにお許しをいただくという目的があるからだ。

 部活の件で詰められて以降、まったく会話してくれない・・・・。

 一度、陽奈たんの好物であるピスタチオのモンブランをあげたのだが、許してはくれなかった。次の日には無くなっていたが・・・・。

 とまぁつまり今日で俺はこのぎこちない関係に終止符を打つ!





 約束の時間が来た。

 俺は1人駅前で待っている。

 普通の人ならこの現象の不可解な点に気づくだろう。

 『なんで妹とのデートで待ち合わせしてるんだ!』と。

 これはとある条件の1つである。

 陽奈たんとのデートの約束の際いくつかの面倒な条件が発生した。

 そのうちの1つがこれである。

 他の条件もなかなかに面倒だが、これに関しては理解が出来なかった。

 俺は「家から一緒に行けばよくないか?」と聞いた。

 これは至極まっとうな意見だと思う。

 だが待っていたのはアントニオ〇木の全盛期並みの強烈なビンタと「はぁ?」という罵声だった。赤いタオルは見当たらなかったが・・・・。

 陽奈たん曰く、「デートなんだから待ち合わせが当たり前でしょ!バカなの!これだから最近の若いもんは。」ということらしい。

 「おまえのほうが若いだろ!」というつっこみ欲は頬にある鈍い痛みとともに消えた・・・・。

 それにしても遅い。

 待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎている。

 そろそろ乗らなければならない電車が来るというのに何やってんだ。

 もしかして誰かに襲われたんじゃ・・・・、まぁめちゃかわいいから襲いたくなる気持ちもわからなくはないが・・・・。

 とにかく電話しよう、そう思いスマホのロックを解除する。

 すると、「遅れてごめーん。お待たせー。」と甘い声が聞こえた。

 振り返るとそこには、太陽に照らされていつもより輝く2つに結ばれた黒髪をぴょんぴょん跳ねさせながらこちらに向かってくる美少女がいる。

 そう我が神妹である。

 「ごめんねー。待った?」

 「すっげー待ったよ!すっごい心配したんだぞ!今から電話しようと・・・・ほげっ!」

 言い終わる前に肩パンをくらった。

 「バカなの。お兄デートのルール知らないの?女の子はあえて少し遅れてくる。『待った?』と聞く。男の子は『待ってないよ。今着いたばかりだよ。』とさわやかな笑顔で答える。これだよ!って『110!』どこに電話しようとしてんの!まぁすっごい心配してくれてるのは分かったけどやめてよね!ありがと!そしてごめんなさい!」とまるで息継ぎをしていないかのようにすさまじい勢いで語りかけくる。

 俺は殴られた肩をさすりつつ、安心していた。

 何ともなくて良かった。これに尽きる。

 「何にやにやしてるの?まっ、まさか殴られて嬉しかったの?お兄ドМだったんだー。引くわーって電車来てる!急ごドМ!」

 そう言われ電車に引き連れられた。

 俺は必死に電車でドМではないと弁明し、ドМと呼ばないでほしいと懇願した。






 20分ほど電車に揺られただろうか。

 ようやく今日の目的地に着いた。

 ちなみにドМと呼ばないでほしいという願いは叶ったが、ドМであるという疑いは晴れなかった。

 「お兄着いたね!ほらほら早く行こ!」と少し興奮気味に言いながら俺の手を引く。

 陽奈たんが興奮するのもしょうがないというものだ。

 なんせ今日の目的地は陽奈たんの好きな海遊館だからだ!

 昨日、サプライズで目的地を言わないでおこうと思ったのだが、陽奈たんに胸ぐらをつかまれ詰められたのでついつい言ってしまった。

 すごく怖かった。だがそれと同時になぜだかドキドキした。

 俺は気づいてないだけで実はドМだったりするのだろうか。

 認めない。俺はノーマルだ!

 陽奈たんに連れられて着いた場所は海遊館の入り口ではなく、そのわきにある料金所だった。

 「ほらお兄、出すもんだせよ。」と悪魔のような笑みを浮かべている。

 「ほらよ。」と俺は入場料3300円を渡す。

 これが2つ目の条件である。

 デートにおけるすべてのお金を出す。

 この条件は一般的な友達のいる高校生にとってかなりきついものだと思う。

 放課後に友達とマ〇ドに行ったり、休日にどこかに遊びに行ったりと常に金欠だと思われる。

 だがしかし、俺は違う。

 俺にはマ〇ドに行く友達も、休日どこかに行く友達もいない。

 ましてやこれといった趣味もない。

 つまり金はある!

 この2つ目の条件は俺にとって痛くもかゆくもないのだ!

 「ふふふふふふ。」 

 「お兄なんで笑ってるの?てか笑い方キモ!はっ、もしかしてドМに加えて貢趣味があるってこと?世の中のすべての皆さん、うちのお兄が多分将来迷惑をかけると思います。先に謝らせてください。すいません。」と晴れ渡る空に手を合わせている。

 「待て待て!貢趣味なんてないから!勝手に世の中に謝らないでよ!あとドМじゃないから!」俺は必死に訴えかける。

 だがはいはいと言わんばかりにあしらわれた。

 妹に軽くあしらわれ、金はとられ・・・・。

 はぁ、みじめだ・・・・。





 


 入場料を払いようやく海遊館に入る。

 陽奈たんはすっごくうきうきしているのが分かる。

 なんでかって?そりゃ陽奈たんのツインテールが上下にぴょんぴょん跳ねているからさ!

 それはそれとして、俺たちはまずここの名所の1つであるジンベイザメを見に行くことにした。

 この海遊館に来たらまずはジンベイザメでしょ!と今日初めて陽奈たんと意見があった。

 館内を5分ほど歩き到着する。

 俺は思はず「おぉ・・・・」と声が出てしまった。

 水槽の奥にいたものの、その圧倒的大きさは周りで泳いでいる魚と比べると一目瞭然だった。

 俺は陽奈たんと感動を共有しようと「ジンベイザメ思ってよりでかいな。」と声をかける。

 陽奈たんはすっごい渋い顔をしていた。

 「なんか遠くない?」

 「えっ、でもほら周りの魚と比べるとすっごい大きいよ?」俺はなぜかジンベイザメを擁護する。

 「てかお兄こいつの説明読んだ?こいつ体はでかいくせにプランクトンばっかり食べるんだよ。こいつサメの面汚しだよ。ジンベイ魚とかに改名したほうがいいよ。」とジンベイザメに辛辣な意見を述べる。

 改名だけは許してあげて欲しいと心の中で願った・・・・。





 その後陽奈たんの要望によりサメとエイに直接触れることのできる場所に向かう。

 サメと言っても人を食い殺すようなサメではなく、イヌザメと呼ばれる比較的小さいもので、エイに関しても毒針は抜いてある安全なものだ。

 それを聞いた陽奈たんの顔はまたしても渋い感じになり「なんだよイヌザメって。ハンマーヘッドシャークのハンマー部分触れると思ったのに。」とぼやいていた。

 そんなこんなでふれあい広場に到着する。

 俺はイヌザメを少し侮っていたのかもしれない。

 近くで見るとサメというだけあってかなり怖い。

 俺は恐る恐るサメの背に手を当てる。

 おおーこれはすごい。これが鮫肌なのかと実感した。

 「陽奈たんすごいよこれ!すっげーざらざらしてるよ!」俺は陽奈たんに話しかけたが返事がなかった。

 ありゃ?隣にいると思ったんだが。

 あたりを見渡すと、後ろのほうに青ざめた顔でガタガタ震えている美少女がいた。

 そう我が神妹である。

 どうしたんだろう。体調でも悪くなったのかな。

 俺はもう少しでなつきそうだったイヌザメから手を放し陽奈たんに駆け寄る。

 「大丈夫か?気分でも悪くなったか?」俺は陽奈たんの頭をなでる。

 それにしても髪の毛すべすべだな、おい!しかもめっちゃいい匂いすんじゃん!

 って別にそれ目的じゃないよ!あくまで陽奈たんを落ち着かせるためだから。

 「違うもん。別にイヌザメこわっ!とか思ってないもん。思ってたよりサメ感強いとか思ってないもん。ただハンマーヘッドシャークのハンマー部分触りたい欲が体を震わせてるだけだから!そう、つまり欲震いってやつよ!」

 なるほどなるほど。どうやらイヌザメが思ってたより怖かったんだな・・・・。

 まぁ俺もちょっと怖かったしなー。てかてか、必死に言い訳してる陽奈たんもかわええー。

 俺は孫を見るおばあちゃんのような笑顔で陽奈たんの肩をポンポンたたく。

 陽奈たんは俺の手を払いのけ「陽奈別に怖くないもん!」とあの有名なジ〇リ映画であるト〇ロのワンシーンを彷彿させるかのように言う。

 「まぁでも、もうここはいいや。お土産見に行こ。」そう言って陽奈たんはすたすたとお土産売り場へと向かった。

 






 すたすたとまるでふれあい広場から逃げるかのように歩く陽奈たんに追いつき、お土産売り場に着く。

 「陽奈たん、速いよ。」

 陽奈たんはまた渋い顔をしていた。

 「今度はどうしたの?」俺は恐る恐る聞く。

 「お兄。なんでお土産売り場ってこうバリエーションが貧弱なんだろうね・・・・。」

 「仕方ないよ。変に色づいたものを置いて失敗したらネットの餌食だからね。陽奈たんなら何を置くの?」

 「たこわさ。」

 えっ。それっていいの?たこ泳いでたよ。さすがに食べる気失せると思うけど・・・・。

 あとチョイスがおっさん!

 そんな毒を吐きながらも陽奈たんは店内をウロウロしている。

 「あっ」そう言って陽奈たんは立ち止まる。

 陽奈たんの前には『ハンマーヘッドシャークのハンマー枕』があった。

 お値段なんと15000円の2割引き。

 割り引かれてるじゃん!

 まぁこれ買うやつは相当の物好きか、ジャン負けしたやつかぐらいだろうし・・・・。

 でもまぁ、買えない値段ではないなと思い「欲しいのか?」と聞く。

 「み、見てただけだから!あーこれかわいい!お兄これ買って。」そう言って『チョウチンアンコウの提灯』を手に取った。

 お値段なんと300円の3割引き。

 またまた割り引かれている。

 この海遊館経営大丈夫かな・・・・。

 てかこれはかわいいのか。

 そう思いながらも「まかせろ。」と言いそれを買い物かごに入れる。

 「俺は家用のお土産とか選ぶから店の前でまっててよ。」

 「うん。」そう言って陽奈たんは店を出た。

 俺は家用のお菓子と、一応部活に持っていくお菓子を買い、そしてあの例の枕も購入する。

 陽奈たん喜んでくれるといいけど・・・・。

 店の前で待つ陽奈たんと合流する。

 おせぇーよとぐちぐち言われつつも最後に観覧車に乗ろうということになった。

 




 

 観覧車乗り場に到着する。

 1人880円らしい。ちょっと高いと思うのは俺だけだろうか。

 乗っているのはカップルばかりだった。

 くそが!カップルの乗っている観覧車だけ爆発しないかなー・・・・なんてねー。

 俺は2人分の料金、1760円を払い観覧車に乗る。

 俺はこの観覧車で勝負をかけようと思っていた。

 「お兄、この観覧車床がガラス張りになってるー。ラッキーだね。」と新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃぐ。

 それなんだよなー。子供のようにはしゃぐ陽奈たんが一番かわいい。これは世界に通用すると思う。

 「そうだねー。まぁ俺はちょっと怖いけど。」

 「なになにー?お兄ビビってんのー?」とニタニタしながら言う。

 「うるせーよ。そんなことより、首疲れないか?」俺はついつい口角が上がってしまった。

 「何よ急に。まぁたしかにちょっと疲れたけど。」

 「ほらよ。」俺はあの変な枕を手渡す。

 「な、なんでこれ欲しかったの知ってるの?も、もしかして心読めるの?あの有名なメンタリストの弟子なの?」と口調はキレているものの、顔のにこにこが隠せていない。

 よかったー。どうやら喜んでくれたようだ。てか、あの有名なメンタリストの弟子じゃなくても陽奈たんが欲しそうにしてるものくらい分かる。

 なんせめちゃくちゃにわかりやすかったからねー。

 「弟子でも何でもないよ。でも陽奈たんすっごい分かりやすいからねー。」

 「う、嘘・・・・。うちそんなにわかりやすいんだ。でもまぁありがと!一生大事にするね。」そう言って枕をぎゅっと抱く。

 おい!ハンマーヘッドシャーク!その場所変われ!

 俺は陽奈たんに抱かれた枕に殺意を覚えた。

 そんなことより、今しかない!

 「ねぇ陽奈たん。部活のことなんだけど、俺あの場所が好きなんだ。だから認めてくれないかな?」俺は陽奈たんの目を見て言う。ここで勝負をかけるしかない。

 正直めちゃくちゃ怖い。

 さっきまでの和やかな空気が嘘だったかのように張り詰める。

 この空気間で初めに口を開いたのは陽奈たんだった。

 「なんで好きなの?一緒にいる女が好きなの?」とドスのきいた声で言う。

 「いやいやそんなことは無いんだ。ただ感謝してるんだ。」と言ってどういう経緯で部に入ったか、自分のクラスでの立ち位置や、入学式であったことを細かく話した。

 正直言いたくなかった。恥ずかしさもあるが、それ以上に余計な心配を掛けたくなかった。

 1通り言い終わると陽奈たんはこくこくうなずく。

 なんかいけそうな雰囲気だな。

 そう思い、「ということなんだが認めてくれないか?」と言う。

 「認めない!」彼女は強く言い放った。

  俺は今、自分の顔がどうなっているのかわからないくらい絶望した。

 ここまで言って、事情も話して、何がダメなのだろう。

 そんなことを思いながら放心していると、陽奈たんが今日1番の渋い顔で「でも、許してはあげる。部活に行くことも、部活で知らない女と話すことも。だけど、絶対認めない!」と不満げに言う。

 俺はさっきの絶望から一転、自分でもわかるくらい自分の顔が喜びに満ち溢れていた。

 「お兄今日1番嬉しそうな顔してない?」

 「そ、そ、そんなわけないだろ。」俺は必死に否定する。

 もう少しで観覧車に乗っていられる時間が終わる。

 陽奈たんと話すこともなく何気なく景色を見ていた。

 この沈黙を破ったのは陽奈たんだった。

 「言い忘れたたんだけど、お兄のことを1番理解してるのはうちだし、この世で1番好きなのはうちなんだからね!」と恥ずかしそうに言う。

 久しぶりに見る陽奈たんの恥ずかしそうな顔は、妹じゃなかったらこのまま手を出してしまいそうなほどにかわいかった。

 「もちろん俺も大好きだよ。」

 「 きゃっ!ど、どれくらい?」首をかわいくかしげて問いかけてきた。

 俺は「食べちゃいたいくらいさっ!」と髪をかき上げて言う。

 もちろん冗談である。

 だが返ってきた返事は冷たいもので「えっ、引くわー。それ冗談でもきついから。あっもう降りるよ。」と犯罪者を見る目で言われた。

 俺は何も言い返すことが出来ず、言われるがままに観覧車から降りた。

 






 今日はこれでお開きということになった。

 まぁ今日の目的は果たせたし、陽奈たんも楽しんでくれたと思う。多分・・・・。

 後は帰るだけだ。

 そう帰るだけ・・・・。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

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