『スパークル』ミオ

 通学路。


 なんとなく、じっとしている。


 学校に。


 行きたく、なくなった。


 あそこには。何もない。どろどろした友情と、どろどろした恋愛があるだけ。


 しゃがみこむ。

 猫とか花とか、あればよかったのに。かなしいほど、果てしなくアスファルト。


「ぅわっ」


 後ろから。蹴られた。


「あっ。ごめんなさい。しゃがんでいるのに気付かなくて」


 スーツの男の人が立っている。四十ぐらいの、ちょっとびっくりするようなイケメン。


「おっ。ありがとうございます。自分ではイケメンと思ってないですけどね」


「え」


「あ。ああいや。気にしないでください」


 歩き去ろうとした男性の足をつかんだ。


「えっ」


「女の子蹴った。犯罪」


「ああ?」


「ひっ」


 一瞬だけ。イケメンの顔が鬼になった。


「しゃがんでたほうが悪いだろ。警察呼ぶか?」


「呼ぶ」


 イケメンの男性。なんか黒いものを取り出した。


「有坂から機動。1台寄越せ。車だけ。女連れ込む」


「え。えっ」


 遠くから、小さなサイレンの音。


「ほら。来たぞ」


 パトカー。小さなサイレンの音なんて、はじめて聞いた。


「よし。車だけくれ」


「了解しました」


「えっえっえっ」


 本当にパトカーが来た。しかも警官のひと、パトカーだけ置いていった。


「よし。乗れ」


 イケメンが車に乗り込む。


「どうした。パトカーだぞ」


 乗る気はなかったのに。誘われるように、パトカーに乗ってしまう。


「あれ。なんで。なんでわたし」


「パトカーの魔法。乗るようにできてんだよ」


 パトカー。

 中身は、普通の車だった。


「さて。その格好だと高校生。通学路でしゃがんでたってことは、学校生きたくないくちか」


「うん」


「どこの高校だ?」


「え。個人情報」


「休みの電話入れんだよ。教えてくれないなら勝手に警察の逆検索を掛けるが」


「国紺七高」


「国紺七高ね。はいはい」


 また黒いものを取り出して。


「国紺七高。女子生徒を保護。あとで当該女子生徒の特例出しておいてくれ」


 黒いものを助手席に放り投げて。


「はい。これで今日おまえは自由だ。どこ行きたい?」


「ディズニー」


「何時間かかると思ってんだ。車だと今日中に着くかもあやしいぞ」


「じゃあ、どうしようかな」


「いや、まあ、いいや。アンテナショップなら連れていってやるよ」


「ほんと?」


 車が動き出す。


「高校生活。いやか?」


「いや。しぬほどいや」


「なぜ」


「人間関係がきもい。同じ学年の彼女いるのにおばさんと付き合ってる男子生徒とかいるし、女子生徒のほうは毎日日替わりでいじめる対象変えたりしてる」


「それは、いやだな」


「いや。もう、いやなの。でも、わたし、頭がよくないから。我慢して高校いかないといけないの」


「俺が解放してやろうか?」


「う」


「ほれ。ついたぞ。アンテナショップ」


 本当に、ディズニーのアンテナショップ。

 車の外に出て、ランプがないことに気付いた。


「覆面車だからな。ランプは出したり引っ込めたりできる」


(ENDmarker)


「ねえ」


「うん?」


「ありがと。やさしくしてくれて」


 身体が、薄くなった。


「おまえの死体。どこにあるんだ?」


「最初にしゃがんでたところ。アスファルトの下」


「犯人の顔は?」


「犯人なんていないよ。普通に歩いてて、普通に倒れて、寿命かな?」


「そうか。お墓、要るか?」


「いらない。ディズニーのぬいぐるみだけほしい」


「分かった。身体が消える前に買おうか」


「うん」


 消えそうな手を。やさしく繋いで歩く。


 消えるまでの、ほんの一瞬。

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