歌舞伎町のワソパソマソ

 俺は坂本先生、正確には元・坂本先生に連絡を入れた。

 坂本先生はなんと、あの乱痴気騒ぎがあった後に高校の教師という安定の道を捨て、趣味のカメラを活かした仕事に転職したのである。


 ま、具体的に言うなら、雑誌のカメラマン兼ライターだ。


「久しぶりっす、坂本先輩」


『球児か。どうした? 何か用がなければわざわざ電話なんてしないよな、おまえの性格からして』


「いやその通りですけど、今回の連絡は先輩にとってもかなり強烈な旨味うまみにあふれた話題なんですけど」


『とってもかなり強烈な、とか、味の素とハイミーといの一番を組み合わせたような日本語だな』


 なんのこっちゃ。

 ま、雑談は良いからとっとと本題にゴー。


「まあそれはいったん置いといて。先輩、今まだ雑誌のカメラマン兼ライターやってるんすか?」


『ああ、まあまだ風俗ライターみたいなことしかさせてもらえないけどな』


「そうっすか。なら、先輩に特大スクープのネタを提供したいんすけど、ウチの大学のサークル会館旧館まで来てもらえません?」


『はぁ?』


「えーとですね、一言でいえば、二年前の悪夢再び、みたいな感じです」


『……』


 そこでなにやら坂本先輩は黙ってしまった。

 二年前の悪夢、というパワーワードがどこまでを指すのか、推測しているのだろう。


『……とりあえず今から行く。今ちょうど市ヶ谷にいるから、十分くらいでおまえの大学に着くぞ』


「了解っす。じゃあ細かい場所はメッセージで」


『おう』


 というわけで招集完了。

 通話が終わるや否や、モブ先輩が青ざめた顔で問いかけてきた。


「お、おい、お前いったいだれに連絡したんだ」


「はあ? いや、闇討ちなんてされたらたまったもんじゃないすから、襲われる前にすべて明るみにしちゃおうかなーって」


「……」


 あ、なんか悟ったのかもしれん。モブ先輩の潮まみれのアレがしおしおだわ。青筋立ったイチモツには潮だけど、今の状態はまるで青菜に塩。


 謙信は謙信で、何やら攻めて責めてせめてセメテいる。ザーメンまみれの彼女に醒ーめん男もいないだろうが、口調はヒートアップだ。


 坂本先輩が来るまで、と、しばらくそれを眺めていた俺だが。


「オラァ! 勝手なことするんじゃねーぞ、俺が一声かければすぐに歌舞伎町の……」


 こういうやつらはえてして往生際が悪いものである。

 接待受けてた側であろう、学生っぽくないややチャラめの人間が、我に返ったあとにそうすごんできた。


 それにしても、こういっちゃなんだが……


「ふーん。でもあんた自身はすっごい弱そうだけど」


「お、俺はそうかもしれねえけどなあ、仲間は別だ!」


「虎の威を借るキツネも甚だしい。キツネにつままれたんだか、大事な息子を蜜音に摘ままれたんだかは知らんが、そういうからにはあんた学生じゃないんでしょーが。こんなところでやる乱痴気なんかに顔出してんじゃねえよ」


「お、俺は今回、スカウトもかねて招待されただけだ! いい娘がいるから味見してみないか、と……」


「……スカウト?」


 スカウトってアレか、罠を探知して外したり、敵の様子を偵察したりする……って、この話は異世界ファンタジーじゃなかったわ。

 いやまあこんな現実、ある意味でファンタジーレベルだけどな!


「と、とくにそこの蜜音と呼ばれている彼女も逸材だ。いやがるそぶりを見せつつも快楽に勝てず彼氏じゃない男を受け入れるサマ、きっと映像の向こう側の男子のハートにDQNと……」


 話をごまかすためなのか本当なのかは判断しかねるが、何やら熱く語りだすチャラ男社会人。


 しかし、蜜音ってことはほかにも……あ、そっか。そういえばもうひとりいたっけ同じクラスのビッチ。違うところに連れてかれたんかな、わりとどうでもいいけどさ。


「いや、そんな理由なら、こんなところで味見しないでちゃんとした部屋用意すればいいじゃないの」


「こういうところで乱痴気した方が興奮するだろうが!!」


「性癖のカミングアウト本当にありがとうございました」


「それにな、いまはこんな大人数でどこかの部屋を使うのも難しいんだよ! 感染対策とかなんだとかで人数制限されるんだ!」


「乱痴気しなきゃいいんじゃないでしょうかねえ」


 ま、こいつらの場合は、集団で蜜、いや密を作っても567ウイルスに感染はしないだろ。ワクチンどころかワクワクチソチソを密壺、いや蜜壺に注射してたわけだからな。

 その代わり、何か別のウイルスに感染しそうだとは思ったが、今は黙っておくことにする。


 あたおかな奴らばっかりで、なんか俺も冷静になってきた。

 その一方、いまだに謙信が蜜音とモメている。ま、今まで謙信は蜜音を揉めていないのだから、先に他の男に揉ませたりしたら、そりゃカッポーのモメ事も遅漏レベルで長引くよな。こっちはほっとこう。


「と、とにかくだ。ヘタなことしたら、おまえたちは俺の仲間からも狙われることになるんだぞ! 理屈は通じないぞ?」


 念押しでその自称・スカウトが脅し文句を投げつけてきたその時。


「……ほう。誰かと思えば、AJPのスカウトマンじゃないか。何やってんだおまえ、こんなところでフルチソになって。男優が足りなくなって、ついに男優デビューすんのか?」


 うしろから声が飛んできた。

 ここにいる人間が反射的に声の飛んできた方を見る。俺も例外ではない。


「坂本先輩!」


「球児、相変わらずだな。つーか……まあ、理解した。おまえ、乱痴気に参加しているわけでもないのに、こういうシーンに縁があるよな。なんか祟られてるんじゃねえか?」


「言わんといてください」


 軽く挨拶する傍ら、チャラ社会人がおののく。


「ゲッ! なんでここに『歌舞伎町のワソパソマソ』が!?」


 おいおいおまえ本当に社会人か、他人を指さすなよマナーねえな。おまえの指は挿すためにあるんだろ、アワビ専用で。


「というか……『歌舞伎町のワソパソマソ』ってなんすか、先輩」


「あー……まあ、いろいろあってな」


 みんな忘れてるかもしれんからいちおう説明しとくけど、坂本先輩は元・先生ってだけじゃなくて、俺が通っていた空手道場の先輩でもあるからな。


 ま、今は説明よりも、大事なことを言っておこう。


「ところでいつまで裸なんだよ乱痴気ども。人間社会で生活するなら本能のままの裸族じゃなくて、きちんと服を着ろや」

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