ビチキュア、散る

 ウィーン、ウィーン。


 そこで俺のスマホがコケシのようなバイブを見せた。

 坂本先生からの着信である。


「……もしもし?」


『すまん、生徒会長に逃げられた』


「は?」


『今やっと会議が終わったんだ、生徒会にも協力を得ないとならないからな、生徒会室で待て、と伝えてあったんだが……姿はもうない』


「あら……」


『ところで、生徒会長を拉致しろと言ってたが、なぜだ?』


「カイチョサンこそが、今回の首謀者だからっす」


『……は?』


「詳しくは参加者全員に訊いてみればわかると思います。ところで、今回の参加生徒は……」


『……まあ、間違いなく退学は避けられないだろうな。他にもたくさん参加していた生徒がいるようだし、大々的な事件になることは防ぎようがないかもしれん』


「そうっすか……高校存続の危機っすね」


『ああ……悪い、ちょっとまだ話し合うことがあるんだ。またな』


「了解っす。お疲れ様っす」


 というわけで終わり。

 さすがにボケをかませるような話の内容じゃなかった。ごめん先生、テクノブレイクしないかなんていう見当違いな心配してて。


「カイチョサン、逃げたってさ」


「……え?」


「往生際が悪いなあ。ところで相原さん、会長の連絡先知ってるよね? ちょっと話したいんだけど、さすがに知らない人間から連絡したら出てくれないだろうからさ。相原さん、連絡入れてくれない?」


「……」


「拒否権は、ないよ?」


 脅すような声でそう俺が言うと、どこか上の空のような相原さんがスマホを取り出した。

 結局のところ、相原さんも美々も、現実というものが見えてなかったんだな。こんなことしてるのがバレたら、どんだけ社会的な制裁が待っているのか、考えるだけでおぞましいってのに。


 プルルルル。


 ブツッ。


「……もしもし?」


 どうやらつながったようである。俺はそこで相原さんのスマホを奪い取り、スピーカーにした。


『あああ! 俺はもう終わりだ!! どうするどうするどうするどうする』


 錯乱してんなカイチョサン、とは思ったが口には出さない。あなたの彼女さんはさんざん口に出されてますからね!


「……恭一郎さん、落ち着いてください」


『これが落ち着いていられるか! もう俺の人生おしまいだ!! おまえのせいだ! 聡美、おまえのせいだぁぁぁぁ!!!』


 自分は悪くないみたいな責任転嫁キタコレ。

 百歩譲って、仲間内だけで交尾してるのならば、そこに強制的なワイセツ要素がなければ問題にする必要性は感じないとしてもだ。

 自分の彼女を犠牲にしてまで金を集める行為に走っては、もうこれは立派な犯罪であるからして。誰が一番悪いか明白じゃん。


『聡美がここまで淫乱スケベヤリマンド変態な女じゃなかったら、俺はこんなこと思いつかなかった! 全部お前のせいだ、どうしてくれるんだ!!』


 どっちもどっちなだけに、聞いてるだけで胸糞悪くなってくるっての。

 一方、自分は恋仲だと思っていた生徒会長にここまで罵倒され、しかも淫乱スケベヤリマンド変態女扱いまでされて、相原さんは呆然自失である。


 愛する人からの罵倒というものは、どうやら女性にとって最高に傷つくものらしい。だが自家発電、違う、自業自得だ。


「う……そ、うそおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


『なにが嘘だ、だいいち、俺みたいなエリートがおまえみたいな、いつ他人の子どもを孕むかわからない女に本気になると思ってるのか! 性行為に誘われただけで虫唾が走るなんてもんじゃないくらいの不快感を抱くってのに!』


「そ……んな……恭一郎さんのためにわたしは……」


『俺のためだ!? 嘘言うな、自分のためだろう!! おまえは結局、自分が気持ちよくなることしか考えられない、最低のクズビッチなんだよ!! 俺を愛してると思い込んで、自分の股のガバユルさを自分で許そうとするな!!』


 素晴らしい。さすが生徒会長になる人間は違う。本質をちゃんと見てヌイてた。じゃなくて、見抜いてた。

 ま、会長になったといえど、不正選挙だけどな! 大統領選がかすむくらいだ。


 そこでブツっと通話は途切れる。


 けっこう(仮面)な修羅通話だ。終わってもしばらく皆、放心していたが。


「……あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 突然髪を振り乱した相原さんが。


「ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……」


 そのまま臥せって号泣。これ以上なく不快な泣き声、いや哭き声が家中に響き渡る。アンタ背中が煤けてるぜ。それポンな。いや、相原さんの恋、カンかも。


 ま。

 残当。やっぱりただ利用されてただけか。ザーメン、いやアーメン。

 カイチョサンも性欲がなかったわけじゃないだろうし、相原さんは美人ではあるけど、これ以上なく汚い部分を知ったらもりくぼレベルでむーりぃーだわな。

 牝犬ビッチどころか某ヘレンすら凌駕する世界レベルの駄犬なんて抱けん。


「……まあ、これが汚い女の末路という感じですね」


 それだけ言って、俺は美々のほうを見る。


「わかったか、美々? おまえにもし本気で好きな人がいたとしても、さっきのカイチョサンみたいに──いや、もっとひどい言葉で拒絶される可能性が高いんだ。自分が今までしてきたこと、好きな人に報告できるのか? できないなら、なんでそんなことをするんだ?」


 俺は諭すような口調でそう言った。相原さんの哭き声がでかすぎて、美々に聞こえているだろうかはわからないが。

 ただ美々も、俺が言葉で言ってもわからなかったことを、少しは理解したらしい。


「ごめん、なさい……卓也に、嫌われたくない、本気で嫌われたくない……」


「はぁ? なんでそこで俺が出てくる?」


「だ、だって……あたしが本当に好きなのは、卓也、だから……」




「                            」




 スプーン一杯、いや、ビッチの一声で驚きの白さだ。


「ちょっと待て!? どこにそんな要素があったんだ!? おまえ俺のこと嫌ってただろ!?」


「だ、だって、卓也、一緒に暮らすことになって、あたし必死で……制服の胸元開けたりとか、卓也の前で椅子に座って足を開いたりとか誘惑してたのに、何の反応も示してくれなくて……」


「記憶にございません」


 政治家じゃないんだ、言っても許されるだろ。

 だいいち大して仲良くない男に股開けるような恥じらいの対極に存在する難易度Hクラスの軽業師が、なんでそんな遠回しなことしてんのよ? 

 好きなやつにはオトメになっちゃうとかそういうやつ? いやいやいや程度ってもんがあるだろうが、いくらなんでも?


「そ、そして卓也は、家に連れてきた聡美に惚れちゃうし……あたしは拗ねて、快楽に逃げるしか鬱憤を晴らすことができなかったっていうのに……」


「……えーと、理解不能なんだが? まず美々、おまえ俺のことさんざんボロクソにけなしてたじゃん? キモイとか臭いとか」


「あ、あれは……卓也の近くによると、卓也のフェロモン臭が物凄くて……においをかいだだけで妊娠したように思えて、つわりっぽく吐き気が出ちゃうから……」


「なんだそれ」


 すっごい斬新な設定。こんな設定ラブコメに導入したやつたぶん誰もいない。

 いや、その前にこれが本当にラブコメなのかそれすらも怪しいけどな。


「……じゃあ、『聡美がアンタと付き合うわけないじゃないの、月とスッポンレベルじゃないっての。釣り合わない』っていう罵倒の意味は?」


「あ、あれは……聡美みたいなくされビッチが、卓也と釣り合うわけがないでしょう、いつになったら気づいてくれるの、って意味で……」


「おまえも同レベルじゃねーか」


「そ、そうかもしれないけど……でも、あたしは、もうこんなことはやめようって、何度も思った! やめようとした!」


「……なんで、そこでやめられなかった? 美々にとって、交尾はかっぱえ○せん以上にやめられない止まらないだったのか?」


「聡美に煽られた! 『ふーん、同じ学年の男子全員兄弟計画なんて偉そうに言っておきながら、その程度かぁ……』って、やめようとするたびに煽られた!」


「なるほど、おまえは所詮、大好きな気持ちよりも友達に見栄を張るプライドのほうが大事だったわけだな。このプライドチキンビッチめ」


「……」


 おけ、黙り込んだわ。部屋内で論破。ロンパールーム、なんちて。


「片腹痛いわ。おまえの本気のスキはその程度か」


「あ、あの、違うの! 違うの、本気なの! 今度こそわかった、あたしは何より卓也に嫌われたくない! 本当にもう卓也以外に股なんか開かない、なんなら貞操帯もつけてもいいし、あたしのココ、縫い付けてもいいから! だから、だから……」


「……」


 言葉ではさんざん伝えた、さあどうやってわからせてやろうか。

 そう思った俺は、もし美々と恋人同士になったら、という漠然としたイメージを思い浮かべてみた。


「……ぼ、ぼええええええぇぇぇぇぇぇ!!」


 ゲロを吐くつもりが、ジャイアンリサイタルみたいな効果音になっちゃった。しかし出るわ出るわ、胃液って酸っぱい思い出がな。

 ごめんよ、内臓まで吐きそう。インターネットで見つけた、トラウマレベルのエ○エコアザラクという漫画にあったシーンを思い出した。だがこの不快感はそのグロ画像の比ではない。

 あ、新築の家をまた汚しちゃったよ。シュールストレミングほどではないにせよ、この酸っぱいニオイはなかなか取れないわたぶん。この家売りに出すときに査定が下がりそうな真似してごめんね、オヤジと義母さん。今はそれどころではないとしても。


 近くに寄ってきて俺の背中をさすろうとする美々を右手で制止させ、吐き気がおさまってから俺は死刑宣告を言い放つ。もちろん脳内ポーズはこまわり君のアレだ。


「……無理だ。俺が美々と恋人同士になった、なんて想像しただけでコノザマだぞ」


「……あ……あ……」


「おまえがやってきたことは、とうてい許せるレベルじゃない。童貞でも許せるレベルじゃない。おそらく、俺以外の男ならみんなそうだ。欲望吐き捨てのための道具、白い恋人としてなら可能なやつはいるかもしれないが、少なくともホンモノの恋人は変人でもあり得ない」


「そ、そんな……」


「だいいち美々、おまえさ、確かに見た目はわりといけてるぞ? でもな。おまえに告白してきた男はいままでどれだけいるんだ?」


「そんなの……あたしには、卓也だけしか……」


「はっ、やっぱりいないんだな。おまえくらいの見た目なら、ふつうは彼氏作ってバカップルしてるよ。なのにいない。なぜか? おまえなんか、カノジョにするにはキツすぎるんだよ、ガバユルだから。誰の子どもをはぐくむかわからないおまえと、愛を育みたいなんて、本気で思っちゃいないんだよ!!」


「……」


「誰も引き取ってくれないから、俺だぁ!? バカにすんな!! おまえみたいな女、視界にすら入れたくねえよ! もう一回わかるように言うぞ、はっきり言うぞ! おまえとは金輪際、縁を切りたいんだ! 一生離れていてくれや!!」


 途中で息継ぎしなかったから息切れした。そして最後だけリスペクト。

 が、酸素を無駄にした甲斐はあったようで。


「……あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 美々が号泣を始めた。


「ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……」


 素晴らしくない、ビチキュアの慟哭ハーモニー。コピペですまない。

 あんときの声ですらも、こいつらはハモってたんだろうな。そう思うと、ただただ不快でしかなかった。




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明日は多忙なため更新できません。ごめんなさい。

あと二回で第一部終了予定。

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