第6話 週刊誌に沿って

「……〈動画投稿者High TVer〉ですか?」


 と聞いて、加害者の職業を察した。俯き気味にして、悲しそうに続ける。

「〈Aメロ・メジャーピース〉。

 動画投稿者としては最大手であり、事件を起こすまで活発的に活動していた〈グループHigh TVer〉――今となっては過去の栄光です。しかし、当時の人気は熱狂的だったと言わざるを得ませんね。

 ひと度ライブをしようものならものの数秒でチケットが完売し、日本公演を開こうものなら動員数は一三○万はくだらない……まさにアイドルグループさながらでした」


 一昔前に時計が止まった竜一の頭でも、そのグループ名は有名すぎる。

 〈Aメロ・メジャーピース〉。

 九○○万人をゆうに超えるチャンネル登録者数は、現在も塗り替えられていない。すべての動画を平均しても一千万再生は堅いと言われる、日本で最も有名なHigh TVerだった。


「彼らをHigh TVerとして見ればカルト的な人気に見えますが、グループの創世を鑑みれば当然といったものです。メンバーのほとんどは芸能人で構成されていますから。

 元天才子役として名を馳せたキング、そのマネージャーのクイーン。

 初期はこの二人で趣味の延長線上で〝流行り曲歌ってみた〟などの動画を投稿していたようです。

 その二人に、のちにメンバーとして加入する後続ゲスト四人を加えたものが、現在も復活の声援が止まない〈Aメロ・メジャーピース〉というグループになりますね。

 オリコンチャート五年連続ノミネートされた〝風のように咲く〟の女性歌手ビショップ。笑いの頂点として名高い大会〝^GEINO^〟の覇者ルーク。視聴率十七%は堅い人気ミステリードラマ〝真紅の結末〟の看板俳優ナイト。

 ――そして、朝の帯番組やバラエティー番組で見ない日はない、当時六七歳にして現役だった名司会者ジャック。今見ても錚々そうそうたる顔ぶれですね」


 キングとクイーンに関して言えば、活動歴は十四年を超えており、特に天才子役時代から始めたキングに至っては九歳から動画配信活動をしていた。無期限活動休止――事実上の引退宣言――をした年齢でも二三歳であり、ジャックとの年齢差は親子ほどの差はある。

 動画投稿という文化の流入は、多く見積もっても二○年前。

 休止期間である六年を含めれば、初期から活動している〈High TVer〉の一角として人口に膾炙かいしゃしていたことは竜一も把握していた。


 

「二○一X年九月十六日……忘れもしない、ひき逃げ事件の前日のことです」

 遺族の口から、もっとも言いにくい事柄に触れる。

「彼らのうち四人が、日本公演の打ち上げと称してとある生配信を行います。

〝無謀と思えるようなことをしてみよう!〟――おそらくこの企画が、息子の直接的な死因です。その企画通りに、は遂行しました。

 ――生放送内で『人をひく』という愚行を、画面越しに披露したのです」


 それだけ言って、彼女は当時の週刊誌を差し向けた。先ほどキャビネットから取り出した冊子だった。

 彼の手の中で、縒れた〝ヒガンバナ〟が記憶を呼び起こす。

 付箋が貼りつけられていたページを手繰り、右ページに書かれたゴシック体を読む。

『平成の覇者 大失態! 埠頭のその先で、彼らは何を語り合ったのか?!』


 続けて見出しの「発端」という文字を拾い、本文に目を移す。

 状況を掴むように追った。


『九月十六日午後九時半。都内は秋めいてきて、夜風でようやく気温が下がり始めてきたころ、一台の車が日本武道館から出てきた。

 日本では莫大な登録者数を誇る〈High TVer〉、『Aメロ・メジャーピース』が一仕事を終えて、夜の東京へ飛び出したのだ。

 ヘッドライトを灯して出てきた件の車――銀のハイエースバンの購入者は、同グループのリーダー:キングである。

 まさか、彼も後続ゲストが引き起こすあの凄絶なる事件は、ゆめゆめ想像できなかっただろう。彼が仕事で早退していなければ、彼らと共に車に同乗していれば、悲劇は起きなかったかもしれない。』


 ページの右上に置かれた写真に目を移す。

 薄暗く深緑気味に染め上げられた秋の街路樹から、一台のハイエースバンが出てくる様子を捉えたものらしい。

 武道館のある、北の丸公園内の有料駐車場だろうか。残念ながら白黒で、うっすら光沢のある白さを表現しているものの、銀色だとは到底思えない。

 写真下部には小さめの文字で、

『〈Aメロ・メジャーピース〉におけるツアー公演は、全国七か所・春から半年にかけて行われ、最終日はここ日本武道館で迎えた』と情報を補足している。


 続きの文章に目を戻した。


『開演から三時間ほどで終演を迎え、結果は満席。

 売り上げとしては上々だとほくほく顔で四人――歌手のビショップ、芸人覇者ルーク、ミステリードラマ俳優ナイト、主犯格のジャック――が乗り込んでいるに違いない。

 彼らは一時間もしない間にファンと喜びを分かち合って、興奮冷めやらぬ空気を浴びて身支度を終えた。外に出た頃には午後九時を回っていた。

 元天才子役であるキングとそのマネージャー、クイーンは明日の仕事のため、終演と同時に飛び立っており、残った四人は思案する。


 代わり映えのしない東京の夜空の下。大盛況だったライブ会場から夜の繁華街に出向いて大人の時間と洒落込もうか。

 あるいは未だ彼らを見送ろうと待ち人の真似をする熱狂的なファンを酒で釣り、夜を明かそうか。

 それとも……と、グループ内の一人が突然声を上げる。当時では数々の名司会者を手掛けていたスキンヘッドの男、ジャックだった。

「ここにワインが一本ある。〈High TVer〉らしく、景気づけに打ち上げ配信でもどうだ?」』




「ロケ車に同乗したのは四人だけなんですね」

 竜一は、一度区切った。

「いえ。この時は運転手がいますので五人です。

 最年長のジャックを筆頭に、ビショップ、ルーク、ナイトの四人と、ルークの芸人仲間が一人。彼は売れない芸人だったために、彼らの撮影のたびに運転手を買って出たそうです。途中まで運転手役を務めていましたが」


 ……? 気になる表現の仕方だ。

「災難を免れた二人――キングとクイーンは、遠慮したのだそうです。

 翌日の早朝には大阪で仕事があり、この日の夜には現地入りしていなければならなかったそうですので、時間の関係上ロケ車乗車はせず、そのままタクシーで東京駅に向かったそうです」


 長い髪をきながら、よどみなく答えていくみどりとは対照的に、竜一は違和感を覚えてしまう。

 東京駅ということは、新幹線に飛び乗ったということだろう。それなのに、ロケ車を用いても良かったのでは?

 みどりにそれを聞くと、ティーカップで口許を隠した。興味がおありなようですね――という光を目の中に籠めている。


「記事後半にはこのような考察も書かれています。

『どうせ彼らは打ち上げ配信をするだろう。東京駅で降りる際、ダル絡みも想起できた。それで乗り遅れでもすれば本末転倒だ』……と」

 みどりは暗唱するようにいって続ける。

「記事にはそのような憶測を膨らませ、年齢差からキングとジャックの仲は険悪だったと結論付けています。

 最年少と最年長ですから、ジェネレーションギャップによる軋轢あつれきが少なからずあった。だからキングはロケ車を忌避したのでは?――とも」


 彼らの仲はそこまで良好ではないらしい。納得して次に進む。

 メンバーが四人と二人に分断され、その四人が主役であるというところで、先を急ぐことにした。

 最年長でスキンヘッドの男による鶴の一声を聞き、ビショップ歌手ナイト俳優は同意する。唯一嫌がったのはルーク芸人だと記事には書かれている。

 だが、ルーク以外はそれを許さなかったようだ。


『というのは、彼ら三人は機材関係にはめっぽう弱く、またキングやクイーンが不在の時、職業柄裏回しが得意な彼が進行役になることが多かったのだ。

 芸人という職業も相まってか、ジャックの横暴を唯一抵抗できる人物は、芸人のルークだけだったというのもあるのだろう。要するに苦労人である。


 彼らはロケ車に乗り込んですぐにカメラをセッティング。

 揺れる車内はひっそりと、深夜の皇居外苑にて緑葉を揺らす八重桜の前を通り過ぎた。八重桜が植栽されたその中で、戦後日本を復興させた内閣総理大臣、吉田茂像を横目に彼ら四人を乗せたロケ車は発つ。犯罪を犯す前の彼らの、最後の見届け人である。

 代官町通りに出る頃には、配信を始めていたようだ。配信タイトル名は「ライブ終わりでKPけーぴー(乾杯のネットスラング)」だった』


 突発でも、ファンは見逃さなかっただろう。次々に視聴者数はうなぎ上りになり、二○万人を超す勢いだったと伝えられている。さすがは天下の〈High TVer〉。それも最上級のアイドルと化したユニットである。

 ここから生配信の内容に移るようで、彼は次の文に乗り換えた。見出しには太字のゴシック体で、

『ある投げ銭により、彼らは暴走した』と書かれていた。

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