第4話 奇怪な内装
「ご足労いただきありがとうございます。ようこそ、わたくしの相談室へ。さあ、遠慮なくお入りください」
真鍮色の玄関を開けて中を手で示し、彼はおずおずと中に入る。ドアノブを握る袖の色もまた、赤色だ。
ホームページで見たあのシルエット通り。城の主――彼女は赤いドレス姿だ。その背を二倍ほど伸ばし、大人の雰囲気を醸し出している。
大体二十代後半から三十代前半、自分と同年代だと感じる。愛嬌のある笑みを崩さず、優しそうだと感じた。
玄関の上がり
「あ、靴は脱がなくて大丈夫です。そのままおあがり下さい」
「え? 土足でいいんですか?」
「はい」
その言葉通り、彼より先に段差をあがった。赤いヒールブーツで、そのまま。
彼女に倣い、竜一もそうする。フローリングの上に靴を踏みしめた。
慣れないものの、左側へかつかつと鳴らす靴音を聴き、ついていく。だが、彼の目は泳がざるを得ない。
迷い込んだ人間のように辺りを見回した。
遊び心が満載というべきなのだろうか。悪趣味な内装とでもいうべきだろうか。ひと味もふた味も違う内装を見た印象はそれだった。
外見とは裏腹に、ウッディ調に統一されたインテリアであるが、それらには似つかわしくない内装の数々に、彼の空間ごと取り残された。上を見上げ、戸惑う――なんで家の中なのに、トンネルがあるんだ?
普通の家ならば廊下というただの通路だろう。しかし、目の前に陣取るは円形のアーチ型。それがひたすら続いている。中は暗く、ぼんやりとした照明が点々と設置された、まさしく
腰まで伸びた、やや茶色の後ろ髪を揺らす主はまったく気にしないそぶりでその中へ踏み入れる。疑心暗鬼になりながらもついていくしかない。竜一の想定通り、入ると全身は闇に沈められた。
昼でも暗くなるように、上部に設置した照明が二人の顔をほの白く照らす。
壁をよく見れば、薄汚れたシミがいくつもある。セメントで塗ったくっただけの壁は破れかぶれ感がひどく、その表面には牛乳を温めた際にできる白い膜がうじゃうじゃと重なり落ちていた。
横がこれなら床はどうなっているのだろう、悲惨に違いない。下が暗くてよかった――と、歩を進める。
壁伝いに手を――極力触りたくなかったが――ついて、S字にひん曲がったトンネルを抜けると、今度は気候が変わって秋模様の森林浴に早変わりする。足元に降り積もる紙製の枯れ葉――彼から見れば、茶色の紙屑にしか見えなかったが――は足首ほどあり、がさ、がさ、と音が鳴る。
目の高さに設置されたワイヤー。それに吊るされた衣服が
おまけに毛皮をふんだんに使用した高級服で、男性用下着もまぎれている。使われた形跡はない。新品同然だ。
滑らぬように気を付けながら落葉に埋もれた床にも目を留める。一回蹴り上げてみた。細い木材のフローリングかと思いきや、目を凝らせばきらりと反射した。
色付きの紙吹雪に埋もれて気づきにくいが、フローリングはラメ入りなのだ。ここにも
「驚くでしょう?」
先導する彼女が進みながら誇らしげにいった。富豪の趣味は常人には理解の
「すべて前居住者の置き土産なんですって。この家に初めていらっしゃる方ならこの用意周到な演出に思わず面食らうでしょう」
違うらしい。しかも、「前居住者、ですか?」
「あら、ご存知ないですか。 『治外隔離区域』。ホームページにも記載してあったと思いますが、この言葉にご存知ありませんか?」
竜一は首を振った。
「ここ数年、テレビは見ていないんです」
少し嘘をついたが、似たようなものだろう。竜一は申し訳ない表情で、
「〝何ですかそれは〟状態です。すみません……この年なのに、世事に疎くて」
「ああ、いいんです、いいんです。気にしなくても結構です。
それよりも、この家の前居住者がお知りになりたいんですよね。
〈High TVer〉……とある動画投稿者が住んでいた住居ですよ。普通と比べるとちょっぴり大きめですけれど」
彼女がふふ、と微笑する。〈High TVer〉の住居と聞いて、なんとなく察した。
つまり、一般人とは住む場所が違うのだ。ここはネットに投稿したことよって得た莫大な金銭を惜しみなく
「誰です?」
赤いドレスを纏った淑女は答える。
「〝
今は不祥事を起こして少年刑務所に収監中のため、音沙汰のない〈High TVer〉になりましたが、一時期有名になったはずですよ。〈迷惑系High TVer〉として」
〈High TVer〉は動画投稿がメインの仕事であり、その動画や配信の種類によってさまざまなジャンルが〈~系〉と、呼び名が付けられることがある。
投稿された動画の八割ほどは〈バラエティ系〉に属するが、多種多様である。
ただ、それでもマジョリティに反抗する、奇異な動画を投稿する者も少なからずいるようだ。それが〈迷惑系〉と呼称される動画投稿者たちである。
迷惑系とは文字通り、公序良俗に反する迷惑行為を撮影した動画のこと。そのほうが却って悪目立ちして、再生数を稼ぎやすい。
ことに
「彼が活動していたのは六年より前のことです。
彼――
容貌に反することなく発せられる言動はヤクザに近く、投稿動画は過激だった。ヤラセかと一瞬戸惑うような突撃取材やアポなし取材、正義の鉄槌など、けれども正義心を宿した行いだと社会ではもてはやされた彼は、次第にエスカレートして軽犯罪に突入していった。
単独、歩きたばこをしながら店頭の品物に手垢をつけては、
『はぁ? これが一万もすんの? こんなのぼったくりだろ!』と、店へ直談判。
店員にいちゃもんをつけては警察を呼ばれ、罵詈雑言を吐きまくった挙句に雑踏へ消えていく……警官が来る前に。
そんな逆上に近い憂さ晴らしを収めた動画を世間は面白がり、十万、五十万と再生数は爆発的に上昇していった――と、竜一は記憶を辿った。
「たしか、卵かけご飯で捕まったんですよね」
彼女の顔が竜一の正答を意味した。
「スーパーで卵かけご飯を食べて、御用になりました」
数字に比例して尊大な態度であり続けた彼であるが、最後はあっけない。
スーパーのなかで起きた、レジに通していない生卵を割って持参してきたお椀で卵かけご飯を食う――という万引きに近い動画をアップしてしまったのを機に、警察に目を付けられた。
今は少年刑務所の中にいる。彼――逮捕時の
たしかにメルヘンチックな城の外観は、見知らぬ男の未成年っぽさを体現しているのかもしれない。
それでも――
「片づけないんですか? これ」
足元を邪魔する枯れ葉が煩わしい。彼女は一瞬振り返って目を送る。にこやかに、
「なぜです? もったいないではありませんか」
やはり、彼女は変人の部類らしい。
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