動物園

 ここは田舎の、そのまたはずれにある動物園だ。

「ねーねーみてみてーおさるさん!」

 俺はこの猿山のボスだ。よく人に……ぅうん! そこの猿ども、やめんか!

 まぁこうして私生活を見られるのが仕事だ。外にいけばいいんだろうが、俺はそれを望んではない。

 ここから脱出するのが難しく、また脱出の必要が無いこともあるからな。

「ほらー、あそこー」

「あれは見ちゃいけません」

 親子連れがよく食事を投げ入れたりするほか、人間の飼育員とかいう奴が持ってくることがある。

 ちょっと足りないが、そこは園に来た親子連れあたりからもらえばいい。

 ……ほとんど来ないがな。

 ちなみにボス猿をやってるといろいろ苦労がある。まずは雌だ。ここにはいない。したがって。

「ボス。今日も雌が来ませんね!」

「俺らの内、誰がいいっすか!」

 そういう趣味はねえんだよ。お前ら。ボスの断りもなく盛ってんじゃねえよ。

 親子連れに見せるんじゃねえよ。

「ボス、そろそろ雌を呼びませんと!」

「若い衆を押さえつけるのも大変ですぜ!」

 知ってる。けどどうやって脱出しろっていうんだ。四方を金網に囲まれた、檻の中だぜ。

 子供連れがエサを入れる筒、あそこは子ザルなら何とか行けるかもしれねえが、それには長いし小さい。万が一詰まったら終わりだ。

 こうして若い衆を抑えるのも大変だ。

「そういえば、ボス。人間が食事を持ってくる扉あるじゃないですか。この間、そこが壊れてるとか言ってませんでしたか?」

 そういやそうだな。あの扉、カギが壊れてるのかギイギイ音が鳴るんだよ。

 つっても何枚も扉があるからな。それ一つ突破したところでどうにもならんよ。

「その扉の内側に隠れて脱出しませんか?」

 ヤメロヤメロ。

 そんなことして何の得がある。俺らはここにいれば食事にありつけるんだ。それなのに危険を冒して外に出る理由がどこにあるんだ。

「俺、外の世界にあこがれてるんす。そんで外で女の子と出会っちゃったりなんかして、熊とかに襲われてるところを助けたりして。そんで、付き合っちゃったりなんかして!」

 お前、大丈夫か?

 外にいるのは主に人間だぞ。熊ですら人間の監視下にいるんだぞ。聞いたことないのか、銃声。

 ここは田舎だからな。たまに野生動物が出てくるっていうんで、猟師とかいうのが銃を使うんだ。

 その音のすさまじさと言ったらないぞ。遠いはずのこの動物園にですら届く音だ。身がすくむぜ。

「でもボス。俺、女の子とデートしたいっす!」

 俺もしたい。

「いちゃいちゃしたいっす!」

 俺もしたい。

「子孫、残したいっす!」

 俺も残したいよ!

「やりましょう!」

 やらなーい!

「なんでーーーーー!」

 俺、ボスだからーーー!

「ボスならみんなを連れて自由な世界にいけばいいじゃないっすか!」

 この数を養える場所が、人間に見つからずに安全に過ごせる場所がどこにあるっていうんだ!

 考えろ!

 生きるために何をすべきか、考えるんだ!

「でも、でも!」

 最悪、何かあった時のために、サバイバル出来る知識と能力だけは蓄えておかなきゃいかん。俺は外を知っているが、それでも教えられることは少ない。実戦経験っていうのはそれほど大事なんだ。それでも教えておかねばならないんだ。

 それに、ここで生まれ暮らしていくことも、またサバイバルに違いないんだよ。

「ぼ、ボス……!」

 わかってくれたか。

「ボスってオスと子孫を残すのが好きなんすか?」

 だから俺にその趣味はねえって言ってんだろうが!

「でも……」

 いいから黙って人間どもに愛想振りまいておけ。戦闘訓練は夜だ。

「へぇい」

 よし、行ったか。これで……。

『ご苦労』

 ヒッ!

『よくぞ若い衆を抑えたな』

 あ、あぁ。

『次も頼むぞ……』

 ……消えたか。まったく、なんなんだあの声は。扉がキイキイ鳴るようになってから、聞こえるようになったが。

 あまりにも恐ろしい声なんで、近づかないようにするだけでも精いっぱいだが、ううむ。

 他の猿たちには聞こえてないようだし、どうしたらいいんだ。

 まぁ、何が来ようとも猿たちの力を高めておけばいいだろう。俺が、群れを守るんだ。

 ボスだからな。


「猿たち大人しくなりましたねー」

「この音声、スピーカーから流すだけで扉の前を避けるようになりましたもんねー」

「あとは雌ですかねー」

「雌入れたら『BL猿軍団』じゃなくなるでしょ」

「そっすねー」

 この檻に、雌が来る日は遠い。

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