ドッグラン

「おい、そこは俺のなわばりだ。勝手に入るんじゃねえ」

「アァン?」

 ここはドッグランと呼ばれる施設。今日は飼い主と一緒に遊びに来た。

だが、わかっちゃねぇ若い衆がたむろしていやがった。

 ここは俺のなわばりだぜ? 勝手なことは許さねえ。

「普段はどうかしらねぇが、今日は俺がここを使う。ご主人と一緒に遊ぶためになぁ!」

「上等だコラ。お前がナニモノか知らねえが、ここをテメェのものだというからには覚悟、出来てんだろうなぁ!」

「オォ!?」

「アァン!?」

 一匹の子犬とメンチの切りあいになった。頑張って低く声を出しちゃぁいるが、わかってねえな。うなるだけが、威嚇じゃねえんだぜ?

「ご主人はなぁ。休日だというのに俺と遊びたくてドッグランまで来ちまう、殊勝な奴なんだよ。その思いにこたえてやるのが、飼い犬の務めって奴だろう? わかったら失せな」

「うちのご主人はなぁ……昨日ようやく寝たんだよ」

「……あん?」

「起きたら、昼過ぎてたんだよ。その間うなされてるから俺が濡れたタオルを持ってきてやったりしてな。そしたら、ここに連れてきてくれてな」

「……おめぇ、何言ってんのかわかんねえんだが」

「……長く、ねぇみてえだ」

「なんだって!?」

「だってよぉ、おかしいだろぉ。人間ってよぉ、丈夫じゃん。朝から晩までうろちょろうろちょろしてよぉ、なんかやってよぉ。それなのに昨日よぉ。急にながーくねたんだよぉ。そしたらよぉ、最後くれぇいっぱい遊びたいじゃんよぉ!」

 そうか。そりゃぁ、大変だな。

「でも俺には関係ないからな」

「極悪!」

「ここ、俺のなわばりだしな」

「知らねえよぉ! 3日も寝てなかったご主人がここに来てんだからよぉ、お前は出てけよぉ!」

「なんのこっちゃわからんわ」

「わかれよぉ!」

 他所の家のご主人のことなんざ知ったこっちゃねえな。そういうのを引き合いに出すあたりが子犬だってんだ。

「おめぇのご主人はおめぇのご主人。俺のご主人は俺のご主人だぜ。よその家のことなんざ知ったことか」

「お前がそれを言うのか」

「あん? やるってんなら相手になるぜ?」

 俺がひと睨みしてやれば大抵のやつはビビる。ッフ。体の大きさだけが重要なんじゃねえ。心も大きくなけりゃ、番犬は務まらねえよ。

「……どうしてもっていうなら止めねえけどよ。お前小型犬じゃん」

「あん?」

「いや、その。俺、大型犬だしさ。その、なんていうか。さすがに勝負にならねえぞ」

 ッフ。ふはっはっはっはっは!

「体の大小だけが、すべてじゃねえよ。それがわかんねえから子犬なんだよ」

「……そっかー」

「やろうぜ。テメェから売ってきた喧嘩だろ?」

「あ、うん。そうだねー」

 俺は牙をむいて飛び掛かった。奴ののど元に食いつくと深く牙を突き立てて離さない。

「どうだ、まいったか!」

「うわー。つよいー」

 若造が倒れ、腹を見せた。服従のポーズだ。ッフ。また大型犬を仕留めちまったぜ。

 俺にかかればどんな奴だろうが敵じゃねぇ。体の大きさは、関係ねぇんだよ。

「これに懲りたら、もうイキがるんじゃねえぜ」

「うん。そうするー」

 仕置きは完了した。後はご主人と遊ぶだけ……。な、なんだ、あの犬は!

 黒い……しかもデケぇ!

 それに体中が筋肉質で、デケぇ!

 耳も体も顔もしっぽも、すべてが、デケぇ……。

「っは。いかんいかん。体がすべてじゃねえ。ここは若造に一つわからせてやるとするか」

 俺はデケぇ犬に近づくとギラりとメンチを切る。

「おぅ。ここは俺のなわばりだ。勝手なことを——」

「あ、そいつにからんじゃだめ! そいつは——」

 言い終わる前に、俺は宙を舞っていた。

 くるくると地面が回転している。

「すこぶる空気が読めない奴だからーって、遅かったか」

 何事かと思えば、なんてことはない。デケぇ奴に放り投げられ、宙を舞っているだけだ。

 以前ご主人がやってたお手玉の要領で、何回も投げられてるがな。

 ッフ。若造の遊び相手になっていやるのも、年長者の務めか。だが、おいたが過ぎるぜ!

「調子こいてんなコラァ!」

 空中でくるりと体を回転させると、若造目掛けて俺の必殺パンチを食らわせてやった。だが。

「君、ちっちゃいねー」

 若造はびくともしなかった。

「ちっちゃいくせに……俺にメンチ切ってんじゃねえよ」

「ワフッ……」

 俺はちびってしまった。

 獰猛な肉食獣を思わせるそれは、野生のハートを思い出させるには十分だったぜ。ッフ。デケぇのはハートもッてわけか。

「や、やるじゃねえ——」

「さえずるなよ、小型犬。黙って漏らしてろ」

「ワフッ……」

 きょ、今日はこれくらいにしといてやる。

「おかえりー」

「ッフ。なかなか骨のある若造だったぜ」

「足、震えてるよー」

「武者震いだ。なぁに、野生を思い出しちまっただけさ」

「そっかー」

 む。なんだ。これからがいいところなのに、ご主人が呼んでやがる。

「時間みてえだ。じゃあな、若造」

「じゃあねー」

 優雅にしっぽを振って歩く。これが大人の貫禄ってやつ——。

「おい、さっさとどけよ」

「ワフっ」

 また粗相しちまったぜ。やれやれ。今日は災難続きだ。これが、社会ってやつか。

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