郵便局

 俺の仕事は郵便配達だ。

 毎朝決まった時間に出社し、決まった時間に郵便ポストから手紙を回収。仕分けして配達に行く。そんな当たり前の毎日と仕事に、誇りを持っている。

「おらぁ、金を出せぇ!」

 たとえ郵便局に強盗が入ったとしても、俺のやることは変わらない。

「お客様。ご用件はなんでしょうか?」

 もちろん、同僚も同じだ。何が起きようとも動じることはない。

「金を出せって言ってるだろアァン!?」

「預金通帳はお持ちでしょうか?」

「お持ちじゃねえよアァン!?」

「それでは、当行に口座をお持ちでしょうか?」

「無いですアァン!?」

「それでは印鑑と保健所などの身分証明書をお持ちになって、当行に口座を開く手続きを行いますので、それからお引き出し、という形になります。ご了承ください」

「わかりましたアァン!」

 こうして強盗を撃退している。さすがは当行の窓口職員だ。素晴らしい手際だ。

「じゃねえよアァン! なめてんのかアァアン!?」

 何……撃退できなかっただと!?

 この強盗、強いな。

「お前ら全員動くなぁ! この銃を食らいたくなかったらなぁ! ……動くなって! 動くなぁ!」

 パァンと拳銃の音が響いた。が、それだけだ。

「だから動くなって! なんで止まんねえんだよ。本当に撃つぞ!」

 何を言っているのかわからないが、頑張ってほしい。さて俺たちも仕事を頑張るか。

「こ、このお!」

 強盗が窓口の職員に拳銃を向けた。無駄だ。

 瞬時に鋼鉄の扉が、職員の前にせりあがってくる。マグナム弾程度であろう拳銃では、貫通は出来ないほどの壁が。

 案の定、乾いた音を伴って銃弾が跳ね返っていった。

「な、なんだこりゃぁ」

 強盗は戸惑っているみたいだが、なぜ驚いているのだろうか。全国の郵便局にこのような設備があるのは周知の事実だろう。

 ゆっくりと扉が下がっていき、窓口の職員が頭を下げる。

「大変申し訳ありません。当行では職員に拳銃を向けられますと、問答無用で壁がせりあがってくる仕様となっておりまして。殺傷能力がなくともこのような事態を引き起こしてしまいますもので」

「お、おぉん」

「つきましては拳銃をおしまいいただき、はんこと身分証明書を——」

「頼むから普通の郵便局しろよー! 郵便局とは名ばかりの、得体のしれない何かじゃねえかヨォ!」

 失礼な。当行はまっとうな郵便局だぞ。俺の誇りだ。

「お客様。当行はいたって普通の郵便局として——」

「そもそも拳銃向けてんだから止まれよぉー!」

 あいにく、郵便局職員は拳銃では止まらない。

「兄ちゃん兄ちゃん」

 強盗に、一人のお客様が話しかけていらっしゃる。あれは近所の千代ばあ(91歳)じゃないか。今日は休眠口座の手続きでいらしていたはず。

 千代ばあは郵便局員ではない。危ない!

「郵便局員には、関わらん方がええ。命がいくつあっても足りないから」

「お、おぅ?」

 千代ばあはそういうと郵便局を出ていった。

「ありがとうございましたー」

 こんど、お手紙届けに行ったときに様子をうかがっておこう。

 さて、問題は強盗殿だな。

「お客様」

 ここは穏便にお引き取りいただこう。

「あ、あんだよてめぇ。お金を入れてくださるんですかコラァ」

「免許証か保険証はお持ちでしょうか? お持ちであれば口座が作れますが」

「ち、ちげぇよぉ、なんで、強盗扱いしてくれねぇんだよぉ」

 強盗が泣きだしてしまった。むぅ。

「お前もぉ、どうせ拳銃にびびらねぇんだろぉ」

「まぁ、はい」

「おかしいよぉ、お前らぁ」

 強盗をなだめつつ、待合室の椅子に座っていただく。

「申し訳ありませんが、当行に口座を持っていないお客様に、お金を引き出していただくということは——」

「ちげぇよぉ。強盗なんだよぉ。わかれよぉ!」

「……失礼ですが、拳銃の弾は十分にお持ちですか?」

「へ?」

「ここにはおよそ20人ほどがいます。職員やお客様を含めですね。その全員を害してなお、十分な弾はお持ちでしょうか?」

「な、なんでそんなこと聞くんだよ」

「強盗を成功させるには『お前らを全員害するが、それが嫌ならよこせ』という脅しが必要です。それを成功させるだけの弾が必要となります。それが無い場合」

「無い、場合?」

「当行職員が身を挺してボコします」

「もう、嫌だぁ、この銀行」

「郵便局です」

 強盗が泣き止まない。むぅ。

 俺はしばらくの間、業務を停止し強盗をなだめつづけた。

 そしてしばらくすると『まじめに働く』と言い残し、退出していった。

 最後にはわかってもらえたようで安心したよ。

「よし、今日も平和だった」

 これからも同じ毎日を続ける。それが俺の——。

「いや、大ごとだったじゃねえか!」

 お客様に突っ込まれてしまった。むぅ。ここは毅然と対応せねばなるまい。

「強盗ごときで当行はひるんだりしませんので、ご安心ください」

 しかし、さすがに拳銃はあぶねえわ、と怒られてしまった。

仕方がない。今日の日報に『お客様から拳銃を持ち出してきた強盗への対処が危ない』と注意されたことを記載しよう。

それ以外は、問題はなかった。良い日だった。

「安心できねぇわ!」

 問題はない。一つもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る