コイン

 コイン一つで運命が左右される。そういうことが昔から、確かにあった。

「しぃぃぃねぇぇぇぇ!」

 いや、なんでだ。

 小さなコインを拾っただけだぞ。なんで猪みたいな、ゲームのコスプレしたような奴に命を狙われなきゃいけないんだ。

 きれいだなーって拾ったのが悪かったのか。あれか、君は落とし主か。盗まれたとでも思っているのか。

 コスプレ野郎が重そうな石斧を振り上げ飛び掛かってくる。あたりの景色がゆっくり流れている。これは走馬灯とかそういう奴か。

『マスター、マスター! そのコインを掲げて叫ぶのです。召喚と!』

 思えば短い人生だった気がする。いや、長いのかなぁ。30年という人生。

 コインを拾ったから殺される。どんな人生だよ。

『マスター、聞いて! 召喚して!』

 とりあえずこのコインを渡してみるか。そしたら助かるかな。

『聞けって!』

「……コインがしゃべった」

 きもちわりっ。

『捨てないで! 拾って早く召喚って!』

「えー、やだー」

『ノリが悪いなぁ現代人! もう少し夢を持とうよ! ほら、早く!』

「断る」

『美少女が出てくるよ』

 それを早く言えよ。

「召喚!」

 あたりをまばゆい光が包み込んだ。

「やぁっと召喚してくれたね、マスター!」

 光が収まると、全身ふさふさな体毛で覆われた、二足歩行のくまみたいな女の子が出てきた。大きな木槌を持っていて、申し訳程度の布地がえっちだった。

 動物園のくまを、そのまま二足歩行の女の子にしたみたいな姿で、人間というよりは亜人という姿をしている。ぬいぐるみが歩いてるみたいでかわいい。

「やぁ!」

 女の子が、猪を手にしていた武器で打ちのめした。猪は光になって消えていく。なんだこれ。

「だますような感じになっちゃってごめんね、マスター。でも早く呼んでもらえきゃぁ!」

 この子は俺が呼び出したんだよな。ならお持ち帰りしていいんだよな。

「っちょ、いきなり何するのマスター!」

「何って、お持ち帰りするんだよ」

 お姫様抱っこで。

「えぇ!?」

 腕の中で女の子が驚いている。

「マスター。正気?」

「正気だが、とりあえずその設定臭いマスターとかいろいろどうなんだ」

 ゲームを踏襲してますにしては雑すぎる。

「えっと、もろもろ説明する前に降ろしてくれます?」

「やだ」

 もふりたいから。

「っちょ、ほんと降ろしてください。マスター、セクハラで訴えますよ!」

 おや、抱っこついでに撫でていたのがバレたようだ。仕方がない。

「で、どういうことだ?」

「マイペースにもほどがあるんですけど……。まぁいいです。えっと——」

 国の歴史から語り始めたので割愛する。要約すると『コイン』で『異世界』から『女の子』を召喚することが出来るそうだ。

 で、さっきみたいな、悪い奴をこの世界から駆逐するのが目的だそうです。

「さっきのような奴は初めて見たんだけど」

 ニュースにもなってないしな。

「そうですね。そこも説明しないと——」

 割愛する。端的に言うと『今さっき始まったこと』だそうです。

「よくわかった」

 チュートリアルですね。あと、周りの視線がヤバイです。すごく変な奴扱いですね。これはお姫様抱っこでお持ち帰り案件ですね。

「にぎゃぁ!」

 ということでさっさと帰りましょう。


「マスター。セクハラはダメですってば」

「ごめん」

 お姫様抱っこで連れ帰っただけだ。

「というか、道中何枚かコインが落ちてたんだけど、どういうことだ?」

「あぁ、それはですね——」

 敵が一杯。だからコインもばらまいた。そういうことだそうで。

「だからって道端に落とすなよ」

 日本だと交番に集まっちゃうぞ。

「この国の治安を考えてませんでしたねー。そこまで統制とれてるなんて」

 統制、ねぇ。まぁ、俺みたいに拾って持って帰っちゃう奴もいるだろう。問題はないんじゃないかなぁ。

「で、もしかしてこのコインでまた召喚ってやったら呼べるのか?」

「そうですね。あ、でも今度はちゃんと女の子になりますよ。安心してください!」

「……君みたいなケモの子じゃないの?」

「……そっちの人なんですか?」

 そっちの人です。もふもふ最高。

「ま、まぁ、居なくはないです。でも僕みたいなタイプは少ないですよ」

 僕っ子。最高。

「しかし、何人も呼ぶわけにはいかないよなぁ。ピンポイントで好みのタイプを召喚したい」

「好みのタイプって……まぁ、コインを複数使うと、レアな子が呼べるって聞いたことありますけど」

「そうなのか」

 拾ったコインを全部まとめ。

「召喚!」

「……少しは迷えよ」

 気にしない!

 おぉ、光が金色になった。と思ったら虹色に光りだしたぞ。何か羽のようなものが舞っている。

 これは、ハーピー系の子か! 期待していいのか!


「で、わらわを呼び出したと」

「「はい」」

「もう少し思慮深くあるべきだったのう?」

「「ごめんなさい」」

 ケモの子を願ったら、悪魔の角を生やした女の子、というか魔王を召喚してしまった。なんで呼び出せるんだよ。

 いきなり呼び出された魔王様はおこだった。とてもおこだった。

 そして俺はおしおきと称して椅子にさせられている。

「おまけにコインの力とやらでこちらの人間に手出しを出来ぬ体にされてしまった。これからしもべたちを送り込もうとしていたのに、計画がパァじゃ。どう責任を取るつもりじゃ?」

「「本当に申し訳ございません」」

「魔王を倒すまで帰れぬと。まぁ、その魔王がわらわなんじゃが、この矛盾はどうしたらいいのかのう?」

「あ、もしかしたら別の魔王がいて、その魔王を倒したら僕たちの世界に帰れるんじゃないかなーっと」

「なんで王が二人いるんじゃバカ者」

「す、すみません」

「あのー」

「椅子がしゃべるでない」

 魔王様のしっぽが、俺の顔をはたく。ちょっと痛い。

「一つ聞きたいんですが」

「勝手にしゃべるなと言って——」

「魔王様のしもべって、全身毛むくじゃらの猪みたいなコスプレした男ですか?」

「なんじゃと?」

「さっき会ったのがそういう敵でして」

「……詳しく話せ」

 魔王様に事の顛末を話した。俺の話を聞いていくうちにだんだんと不機嫌になり、しっぽで顔をはたく回数が増えていった。

「なるほど。そいつはわらわのしもべではないのう。だって、まだ送り込んでないからのう」

「やっぱり」

「となると、わらわの名を騙ってこの世界にしもべを送り込んでる阿呆がいるんじゃな。そいつを倒せばよいのか」

 魔王様は納得いったようで、ひときわ強くしっぽで顔をはたくと立ち上がった。

「ならばそいつを見つけてお仕置きしてやろうかのう。ほれ行くぞ!」

「「はーい」」

「返事は短く!」

「「はい!」」

 こうして魔王様による人間界の魔界化が進んでいくことになった。

 俺はこの後、魔王の右腕と呼ばれることになった。人生何があるかわからないものだ。

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