自動販売機

『イラッシャイマセ』

 深夜。アパートの近くにある自動販売機にお金を入れて、ボタンを押す。ガコンという音と共に、飲み物が出てくる。

 取り出し口に手を入れてふと気づく。

「あれ、出てこない」

 まぁ、たまーにあることだ。少し待ったら出てきたとかちょっと叩いたらとかそういう奴。

 田舎だからなー。こういうことよくあるんだよ——。

「うわぁ!」

 取り出し口から手が出てきた!

 え、どういうこと!?

 あれ、飲み物がある……。え、何怖い。怖い怖い怖い。

『オマタセイタシマシタ』

「え、何、何なのこれ怖い怖い怖い!」

 オマタセイタシマシタって、え? 今までそんなの言わなかったじゃん!

『オキヲツケテオカエリクダサイ』

「えぇぇ?」

『トリダシグチニ、ノミモノガアリマス』

「えぇー……」

 取れってか。手が見えたんだけど。なにこれミミック? トラップなの?

 恐る恐る飲み物を取ろうとすると。

「ひぎゃぁぁぁぁ!」

 今度は顔が出てきた。こっちを見ていた。俺のコマンドは逃げる一択になった。

『オワスレモノデス! ジュース、オワスレモノデス!』

 ……え、何この自販機。アドリブ効きすぎじゃね?

 思わず足を止めてしまった。自販機を見ると、ガタガタと音がしている。

「じゅーす、忘れてます!」

 自販機から幼女が出てきた。

「ふぉぁ」

 驚きすぎて変な声が出た。

「はい、じゅーすです!」

「あ、ありがとう?」

 幼女はジュースを渡すと自販機の中に戻っていった。は?

 だが、取り出し口から一生懸命戻ろうとして戻れなくなっている。かわいい。

「んしょ。えい!」

 幼女は勢いをつけ、するりと潜っていった。なんとかなったようだ。うん。これはあれだな。もう一回買うしかないよな。

『ア、フェ? イ、イラッシャイマセ!』

 さっきとは違う味にしよう。

 ボタンを押すとガタンガタンと音を立ててジュースが落ちてくる。が、途中でつっかえたのか、取り出し口に出てこない。

 しばらく待っていると小さな手が取り出し口に見えた。なるほど、さっき俺が見たのはこれか。

 そして幼女の顔がひょこっと現れる。うん。なかなかにホラーだな。

 ジュースが取り出し口に現れると。

『オマタセイタシマシタ!』

 という声が聞こえてくる。

 ……犯罪の香りがする。

『トリダシグチカラオトリクダサイ』

 ここはもう一回買うしかないな。

『ア、先ニジューストッテクダサイ!』

 取り出さずにお金を入れようとしたら注意されてしまった。

『ダメデス、ツマリマス。トッテカラニシテクダサイ!』

 怒られてしまったので中止する。仕方がない。帰るか。

 ジュースを残し、その場から立ち去る。割と全力で。

『アァ、ダメデス!』

 自販機からガタガタと音が聞こえ、振り返ると幼女が這い出てくるところだった。

「はい、忘れてますよ、もう!」

 幼女に怒られてしまった。かわいい。

「それじゃ!」

「あ、まって!」

 すぐに帰ろうとした幼女を引き留める。さすがに腕を掴んだりとかはしない。犯罪のにおいがするから。

「はぃ?」

「えっと、なんで自販機に入ってるの?」

 というかどうやって入ってるの。

「えぇと、ここでアルバイトをしてます!」

 アルバイト。幼女が深夜の自動販売機でアルバイト。犯罪じゃねえか。

「あ、えーっと。おーなーさんからメモをもらってたんだった。読みます!」

 はい、どうぞ。

「『私はゆうれいです。ここで、お仕事をしています。じどうはんばいきの調子が悪いので、修理が終わるまで、じゅーすを出すお手伝いをしています!』」

 ほう。一ミリもわからなん。幽霊て。

「以上です!」

「そうかー。えらいねー」

「えへへー」

 頭をなでると嬉しそうに笑った。うん。なでられてるねー。触れてるねー。幽霊なのにねー。もしもしポリスメン?

「あ、駄目です!」

 幼女が指を伸ばすと、なぜかスマホの電源が落ちた。

「もう、お話聞いてなかったんですか!」

「ごめんごめん。もう少し待ってねー」

 頭をなでつつ電源を入れる。そして、もしもしポリスメ——。

「だめー!」

 やっぱり切れた。うーむ。

「前もおーなーさんに電話されて呼び出されて、警察の人から怒られたので、電話はしないでください!」

 幼女に涙目で怒られてしまった。

「ごめん」

 幼女に謝ると、わかってくれたのが嬉しかったのか笑顔になった。

「いいですよ!」

 かわいい。

「でも、一人でお仕事大変じゃない?」

「大丈夫です!」

 そっかー。大丈夫かー。けなげすぎて泣けてくる。

「ねぇ、飲み物一つ要らなくなっちゃったんだけど、もらってくれる?」

「え?」

 買ったばかりの飲み物を、幼女に一つ渡す。だが。

『幼女の手を、貫通しとる……』

 マジの幽霊だった。

「ありがとう!」

 でもこの子が握ろうと思えば、ちゃんと受け取れるようだった。少しだけ肝が冷えた。

「またね!」

「またねー」

 手を振りながらお仕事に戻っていく幼女。取り出し口に入ると。

「ふにゃぁ!」

 ジュースがつっかえてしまったようだ。かわいい。

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