マッチ売りの少女

「マッチ、要りませんか?」

「ヒィィィィィ!」

 私、マッチ売りの少女。こうして都会の、冬の寒い道でマッチを撃ってるの。

「マッチ、要りませんか?」

「買う、買う買う買うから殺さないでぇぇ!」

 ケースの中からマッチを取り出し、ヘッドをパキっと勢い付けて折ってやれば、対象に飛んでいく銃弾と化す。マッチの性能を実演して見せると、飛ぶように売れた。

 さっきの男の人は二つ。この男の人は一つ買って行ってくれた。これで愛する人を守ってね!

 他にもまだいっぱいマッチが必要そうな人がいる。売らなきゃ!

「「ヒィ!」」

 えっと、あ、あの人にしよう!

「ギャァァァァァ!」

「助けてぇぇぇ!」

「警察、警察を呼べぇぇ!」

 私がかわいいからって逃げなくてもいいのに。この国の人はみんなシャイね。

 走り出した男の人を追いかけ、肩に手を置く。

「お兄さん。マッチ、要りませんか?」

「うあぁぁぁぁ、殺さないでぇぇ!」

 何をそんなに怯えてるのかしら。私がかわいいから?

 そんなに怯えなくても、愛する人を守る力をあげるだけなのに。

「マッチ、要りませんか?」

「マッチなら持ってるから要らないよぉぉぉぉ!」

 え、そんな。要らないの!?

「マッチ、要らない、の?」

「あ、買います。だから殺さないで」

 やった、売れた!

 実演で壁に穴を開けずに済んでよかった。後で怒られちゃうもんね。てへ!

「止まれ、化け物!」

 え、やだ。化け物がいるの!?

 どこどこ?

「お前だマッチ売り!」

「え、私?」

「お前以外にいるかあぁぁ!」

「私化け物じゃないわよ、失礼ね!」

「普通のマッチで壁に穴を開ける奴を、化け物以外の何と表現したらいいんだ」

「誰にでも出来るわよ。こんな華奢な女の子にだって出来るんだもの」

「華奢な女の子は三メートルを超える巨躯を持たん」

「私、故郷だとすごくちっちゃいねって、かわいいねって言われるのに」

「どこの世界の女の子基準だそれ。あれか、神界か。ヨーツンヘイムか。巨人族か」

「え、私の故郷を知ってるの?」

「本物かよ! いや、んなわきゃない!」

 ずいぶんテンションの高い男の人ね。タイプ!

「あのぉ、よかったらこの後、お茶しに行きませんか?」

 ッキャ、言っちゃった!

「いいね! でも君が入れる店はこの世界には無いね!」

「じゃあ、一緒に故郷にいきませんか?」

「故きょ……いやいやいやいや。俺はエインフェリアじゃないからいけないねぇ!」

 男の人が後ずさりをしているわ。そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。

「大丈夫。私が案内するから、きっと一緒にいけるわ!」

「困るねぇ! 俺にはお家でフレイヤちゃんが待っているからねぇ!」

「フレイヤ様と一緒に暮らしてるの!?」

 なんなのこの人!?

「カワイイネコちゃんさ!」

「フレイヤ様を猫にしてるの!?」

 やばい、本当に何なのこの人!

「だから、君と一緒にあっちの世界には行けないねぇ。このまま帰ってほしいねぇ!」

 もしかして、この人、危ない人なのかしら?

 ラグナロク、起きちゃう?

 今のうちに滅ぼしちゃう?

「帰ってぇぇぇ、くれないかなあぁぁぁ!」

 いいえ、ダメよ。フレイヤ様を猫にするほどの人に、私ひとりじゃ戦えない。

「次は、無いわよ」

早くお父様に相談しなきゃ!


「昨夜、大女が路上で男性にマッチを売りつけるという事件が発生しました。現場に駆け付けた警官によると、大女は誰にも危害を加えなかったものの、警官に『次はない』と言い残し逃走したそうです。なお、警官によれば大女はヨーツンヘイムの巨人族ということですが、恐怖のあまり錯乱してしまったものと思われます。次のニュースです——」

 お父様が、すごく怖い顔をしている。

「これ、テレビね。地上の奴。お前、なにやっちゃったの」

「だってぇー」

「だってじゃありません。次はないって何? どういう捨て台詞? 完全に脅迫になってるんだけど」

「ラグナロク引き起こす悪い奴かと思ってー」

「そういうのはロキだけで十分です!」

 ッキャ! そんなに怒らなくてもいいじゃない!

「でもフレイヤ様を猫に——」

「単にペットの名前でしょうが!」

「わかんないじゃない!」

「調べました、ちゃんと! あとフレイヤ様にも聞きに行って怒られました!」

 うわぁ……やっちゃった。

「あとでお呼びがかかるので、覚悟しなさい」

「ごめんなさい……」

 この後、呼び出されておしりぺんぺんの刑を受けたわ。本当に恥ずかしかった。

 でも、もう一度あの人に会いに行くことは許してくれたから、次はもっと頑張る!

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