第5話

闇の奥に蠢く瘴気の霧漂う地獄谷。そこには崩れ去った封印の祠があった。その瓦礫の頂には艶やかな烏羽色の髪に着物姿の妖艶な女性が佇み、その周りには魑魅魍魎が集っていた。


「さて皆の衆、今宵はいい月夜じゃな、安倍晴明が忌まわしき封印を施した夜のようだ。長き眠りはここに終わった。さあ、絶望の夜明けじゃ!暴れ、壊し、恐怖を刻め!我ら妖怪の力を思い知らせるのじゃ!」


この日、妖怪たちの王、闇の巫女が復活した。






帝都皇城にほど近いところにある桜庭邸、そこには今、とても重苦しい空気の当主と中将、桃色を撒き散らす妖狐と暗いオーラを纏う少女に挟まれて冷や汗を流す若き少佐が向かい合う混沌とした空間が広がっていた。


桜庭家当主桜庭 司はため息を吐きながら面白いものを見たとにやけた顔で息子に問う。

「綺朧、お前は昔から私の言うことなど聞いたことはほとんどなかったし、それでも桜庭家のことを考えてくれていたことはわかっていた。しかしだ、今回の件はわたしにも手に余るぞ?素直に刺されておくか?」


「なぁ、つかささん?俺にはよく分からんのだが、使い魔と婚約して俺の娘とも婚約ってことでいいのか?別に娘が幸せなら文句はないが。これ、どう見ても修羅場まっしぐらだよな?」


父と十文字中将が冷やかし半分で火に油を注ぐと、綺朧は八重から立ち登る般若の面を幻視した。顔は笑っているのに冷え切った視線でハイライトが消えていた。


「いつのまにか私の息子は女誑しになってしまったようだ。それと帝から手紙が来た。海渡も読んでみろ。」


「帝って、寛成天皇直々にかよ。なんだ、っおい⁉︎これは本当ならやべえじゃねぇかよ!?これは縁談どころじゃねぇな。十文字家の総力を持って帝都の守りを固める必要がある。桜庭家は本体を叩きに行くのか?」


「そうだな、綺朧を主軸に家の精鋭を送る。それで軍部には話を通しておいてくれ。特務異能部隊の集結及び出撃を十文字中将に要請する」


「承った!さて、今日はここらでお暇しましょうか。縁談のお話はいかが致しましょうや?」

そこで八重がハッとなって、つかさに土下座を敢行する。


「わたくしが綺朧様と釣り合いが取れていないことは重々承知しています。ですが、綺朧様をお慕いしております。それに、十文字家には居場所がございません。何卒桜庭家に置いて下さいませ」


「綺朧、当主桜庭司として問う。お前に十文字八重殿と婚姻を結ぶ意思はあるか?」


「俺は、私は八重殿を正妻として、玉藻を妾として婚姻を結ぶ事をここに約束しましょう。」


「そうですか、その意思を尊重して当主桜庭司の名に於いて認めます。綺朧と玉藻は出撃準備、八重殿は我が家へと引っ越しの準備をして下さい。3人ともこの戦場で死ぬことは許しません。そして綺朧、桜庭家の所以である白桜鬼姫の力を存分に振るいなさい。困った時は桜が道を指し示すでしょう。」


「心に留め置きます。」

綺朧は振り返らずにそう言い残して部屋を去った。


玄関にたどり着いた時だった。背中から抱きつかれ腕が体の前でガッチリと掴んで離さない。背中に二つの柔らかいものが当たっているのを見て玉藻の雰囲気が怪しくなっているが、口は挟まない。


「八重殿、離して頂けますか?」


「私も連れて行っては下さいませんか?」


「ダメに決まっている。地獄谷の封印が解けた。百鬼夜行中の妖が幾つもの霊災を起こしながら帝都に侵攻している。奴らを止めなければならない。そんな所に行って何が出来る?」


八重は俯いて答えを見出せ無い。勿論、足手纏いになるのが関の山だ。

それでも私はついて行かないといけないと、そう心が叫んでいる。ここで行かなければ後悔すると直感していた。


「八重、俺は必ず帰ってくる。どんな苦難に相見えようとも此処に戻ると約束する。これを」

綺朧が八重の腕を解くと懐から二枚の札を出して八重の手を取って乗せる。

「これがお前を守り、こっちが俺の生存と位置を指し示す。俺が死ねばこの札たちは燃えて塵となる。これがあるうちは俺が生きているということだ。父にあとを任せる、これで少しは安心して待っていろ。」


「何時迄もお待ち申し上げております。」

去っていく綺朧に深々と頭を下げて見送る。神様、これが永遠のお別れになりませんように。

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