第4話

「さて、玉藻は俺と出会った頃を覚えているか?」


綺朧の問いに涙で真っ赤な顔を尻尾で半分隠しながらもこちらを見る。


「わっちはお払い箱でありんすね。」


…ップッククク、ハハハ!

綺朧は玉藻の塩らしい態度と出てきた言葉に堪え切れずに吹き出した。


「笑わないで下さいまし!わっちは綺朧様を殺めかけたのでありんすよ!当然の報いでありんす。」


「馬鹿だなぁ〜玉藻は。あれくらいのことで放り出すなら、出会った当時なら何百回放り出すことになってる事か。断言する、俺がお前を手放すなんてあり得ない。あと口調が幼い頃に戻ってるぞ?可愛いが。」


玉藻の羞恥心が一周回って振り切ったようだ。

「それは!あの頃は殺生石に閉じ込められた恨みに凝り固まっていて暗闇に怯えていたからであって、人を信じていなかったから……ああ!もう!あの頃のわっちは怖かっただけでありんす!恥ずかしい過去を思い出さないでくださいまし!」


「いや〜、あの頃の玉藻は手に負えなかったからな〜。暴れては逃げて隠れて。俺が必死に探し出して。それでも、俺の見つけられる範囲でしか逃げないし隠れないところが可愛いんだよな〜」



「ゔうぅぅーーー!!もうその辺で堪忍しておくんなまし!」


とうとう玉藻が真っ赤になって降参するが、綺朧は揶揄って笑う。


そして、不意に玉藻の手を取って抱き寄せると、そっと耳元で囁く。


「お前は私のものだ。あの日結んだ誓約は俺が死ぬまで有効だから心配するな。俺と一緒に歩んでくれるな?」


「綺朧様は狡いです。私は綺朧様に何処までも付いて行きます!例え死が私たちを別つ時も私は貴方を追いかけます。逃げられると思わないで下さいまし!」


これで玉藻も落ち着いたかな。


「さて、八重のことだがな……かくかくしかじか…でな、保留している。家の仕来りでは妖と桜庭家の人間が婚姻すること自体は難しいが、子を儲けることは禁止されていない。何故だかわかるか?」


「え?そうなのですか?主人と使い魔では禁断の恋だとばかり思うておりました。」

目を見開いて驚いているが、良く禁断と思っていながらここまで暴れたもんだ。


「実はな、使い魔は子を授かると半妖を産む。半妖の子供は自我を確立するまでに人か妖にしっかり分かれる。人ならば強力な陰陽術師に、妖なら使い魔として、代々その家に仕えて行く。ようは世代交代をするんだ。」


「それでは私は貴方と一つになれるのですか?」


「その陰陽術師になった子は本家の子と結婚して桜庭家の血に妖の血を混ぜることで能力の強化を図ってきた歴史がある。」


「人の身に妖力を持たせる為に混ざり合う必要があったのですね。では、安倍晴明とは半妖であったと言うことですか?と言うことはご主人様も?」


「俺は四分の一だが白桜鬼姫の血が混ざってるぞ。」


「それでは!私にもチャンスはあるのですね?」

玉藻の瞳に希望が宿る。

「ま、まぁあるにはあるが、妾の扱いになる上に、正妻は八重になるとしても苦労の絶えぬ暮らしとなってしまうかもしれん。」


「それでも、それでも綺朧様の事をお慕いしております!私に貴方の寵愛を下さいまし!」


綺朧は懐から四枚の札を取り出すと二人の四方に飛ばす。

「分かった。何れ来たる日の約束だ。《誓約の神ウケイに奉ずるは不変の誓いなりて破りし時は身を焼かれる呪いを持ってここに結ぶ》我、桜庭綺朧は玉藻を愛し続け、婚姻を結ぶ事を誓う。破れぬ誓約を持ってここに締結する。不破宣誓!」


「な、な、何をしてるのですか!?そんな破れぬ誓いなんて立ててしまっては綺朧様が八重殿と婚姻できなくなってしまいます!」


「そこは介入できる余地を挟んである。これでお前も納得しただろう?俺は玉藻を手放す気が無いと理解したな?明日も早い。もう寝るとするか。ふむ、一緒に寝るか?」

 

「喜んで!」



二人は寄り添って静かな眠りに落ちて夜は過ぎていった。


「全く損な役回りですな主人よ。この八咫烏、主人の安全のために陰ながら全力で見張りを努めましょう!」

八咫烏の涙が月明かりに光ったのを見たものはいなかった。

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