第2話

そこは帝国陸軍の官舎。表向きには警邏隊の屯所として知られるが、本当の名称は帝国陸軍特異異能部隊第二分隊の駐屯地であった。

その中の救護室に連れて来られた少女はただされるがままとなっていた。


一通り手当が終わると綺朧は少女に問いかける。

「名はなんというのだ?」


「あっ、はい!私は十文字 八重と申します。十文字家当主の三女で御座います。」


「ほう、十文字家のお嬢様でしたか。失礼を致しました。結界術の達人である十文字海渡中将とは特異異能部隊所属の者としても縁のあるお方です。貴方をお助け出来たことは幸いでした。」


「えっと、私は三女で御座います。どうか、畏まらないで下さい。わたしには大した価値はございません。命の恩人に硬くなられては困ってしまいます。」


「八重様は価値がないことはありますまい。女としては一級品ですよ。ところで、何故あのような路地を一人で歩いておられたのでしょうか?」


八重が一級品と言われたことに照れていたが、すぐに顔を引き締めた。


「わたしがあそこに居たのは買い物に街へ向かっていたからです。」


「十文字家のお嬢様ともあろう方が自ら買い物に出て、あまつさえ一人で歩いて行くとは不用心が過ぎますよ?」


「それは、私が後妻の娘だからです。姉や兄は父に可愛がられる私の存在が邪魔なのでしょう。よくある話で、父の居ない時は意地悪をされてしまう、それだけの事だったのですが、今日の事が父に知れると姉たちは怒られて私を逆恨みする事でしょう。十文字家の中に私の居場所が無くなってしまうかも知れません。今日のことは伏して頂けないでしょうか?」


これは困った。十文字中将の家庭事情に顔を突っ込んでしまった。しかし、邪鬼の言っていた巫女の事も気になる。報告を上げねばならない案件だ。帝都内に鬼が出てくるほどに事態は進んでいる。取り敢えず、今日は八重を此処に泊めて警護をしよう。中将にはご足労頂いた方が話は纏まりそうだな。


「報告はせねばならない案件だ。鬼が帝都内で活動してると言うことは結界に綻びが生じている。十文字中将にはここまで来てもらおうと思う。そこで、これからの事を話し合ってくれ。」


「分かりました……」




コンコンッ!ドアがノックされ入室を促すと、中将である階級章をつけた大男が入ってきた。


「綺朧、俺を呼び出すとは偉くなったもんだな?」


綺朧は立ち上がって敬礼する

「ご無沙汰しております十文字中将殿。この度はご足労頂き、感謝します。危急の重大事につきご容赦ください。」


「綺朧、そう固くならなくても良い。公式の場じゃないんだからもっと楽にしようぜ?」


「では、お言葉に甘えて。ご報告します。本日夕刻に海渡中将の三女の八重様が邪鬼に襲われて足を呪いによって負傷。軽度の呪いでしたので、その場で祓いました。」


「おい、八重が襲われただと?しかも邪鬼に?どうやって入り込んだ。というより、八重は一人で出歩いてたのか?」


「ええ、そのようです。今はうちで警護中です。それで、邪鬼は闇の巫女に仕える者だとか。光の巫女が帝都内にいるとのことです。して、その巫女とは何なのでしょうか?」


「闇の巫女だと!?早急に天皇陛下に奏上しなければならんかも知れん。しかし大将は長州の災害指定人喰い鬼討伐任務中だしなぁ。俺が言っても良いが、綺朧、お前が奏上しろ。詳しい話をしておくぞ。」


「自分が陛下に謁見するのですか?」


「俺は結界の綻びを直さなきゃならねぇからな。まぁ、頑張れや。そんで、闇の巫女とは魑魅魍魎どもの纏め役だ。妖怪の主人とも言われる。巫女の元に集まった妖怪どもは組織だって人を襲い巫女に若い女の生肝を吸わせることで能力が強化されていく。強くなった闇の巫女は手が付けられない。安倍晴明ですら一度敗れるほどにな。この国にもう一度戦乱に落とし込むわけには行かない。外国勢力も見過ごせない化け物なのさ。ただし、光の巫女がいるならば、こちらで守り抜く必要がある。光の巫女は闇の巫女の力を削る事ができる切り札となるが、闇の巫女に喰われると不死の化け物と化す。安倍晴明は封印する事で抑え込んだらしい。封印の地は地獄谷と呼ばれているらしいな。」


そういうわけだと中将は言い残して八重の待つ部屋へと行ってしまった。

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