第2話
「私の望みは…この国、メヴィウス家の繁栄だ」
「承知したわ」
ルシアは息をすーっと吸い込み、目を閉じる。
五感を極力遮り、第六感である魔感に全意識を集中させる。
「…あなたの望みに幸あれ。人の望みを叶える魔女、ルシアが命じる。かの者の望みを叶えよ。マジカル…ブレス」
詠唱するルシアの周りに力が集まる。
―――そう、力だ。
キラキラした光がルシアの周りをふわふわ舞うなんてことも、精霊たちが蛍のように彼女と戯れるわけでもなく、漆黒の闇が彼女の両手に集まっていく。
夜空の星々すら飲み込むような黒い球体が作られていき、あたりの空気を飲み込んでいく。
―――空気だけではない。
そこにいる人々は物理的、肉体的にエネルギーが彼女の両手のうごめく黒い球体に集められており、踏ん張って吸い込まれないようにする。踏ん張れば、耐えられる力。
問題はそこではなかった。
同時に体験したことのない不思議な感覚に襲われる。
―――気持ち悪い。
それは初めての感覚。
大嵐の船に乗っているような吐き気とめまい。
心だけが弄ばれ、自分たちの記憶や感情、今まで気づかなかった精神的な何かが、得体のしれない不愉快な何かに強引に奪われていく。その初めての体験にどう防いだらいいのかもわからず、簡単に刈り取られていってしまう。
ルシアはその集まった気体状の物を両手で圧縮していく。
どのくらいの密度なのかはわからないが、かなり反発があるらしい。クールな顔をしていたルシアが必死にその力を抑え込み、少しずつ小さくしていく。
黒い球体は最終的に飴玉程度の大きさになると、どうやら固形物になったようだ。
多くを吸い尽くした黒い球体が完成した頃にはその場にいた人々は立ち続けることはできなかった。
魔女であるルシアは王のもとへと、一段、一段ずつ階段を登っていく。
人々は恐れた。
ルシアという名の魔女の力を。
興味本位でこの場に訪れた貴族は震え、屈強な兵士たちも戦意を失っていた。
誰もがその魔女の動きを止めることはできない。
「くっ…」
リアムはゴアを守ろうと動こうとするが、ほとんど動くことができない。
(やはり…お止めすべきだった)
階段をすべて登り終えたルシアは満身創痍な王族であるゴアやヴィエナ、そして悔しそうに見上げるリアムを見下すルシア。
「なんで、あなたの目はそんなに綺麗なの?」
しゃがみ込んで、ルシアが不思議そうにリアムを見る。
まるで、5歳児のような純粋な赤い瞳。
「この…魔女…めっ」
リアムは瞼も重くなり、朧な視界になってしまったが、それでもルシアを見張ろうとする。
ルシアは立ち上がり、ゴアの前に行き、何かを喋り、黒い球体を持っていた手をゴアに差し出そうとしたところで意識が遠くなってしまった。
「…こくです!!」
リアムはその声に反応し、重くなってしまった意識が徐々に回復していく。
周りを見渡すと同じように意識を取り戻した人々。
そして、一番心配していた父と母を見ると、母はまだ虚ろな目をしているが、大丈夫そうなのを見て安心する。
(父上は…)
ゴアを見ると、ゴアは王座に毅然と座っていた。
ここ数年、他国に脅迫や侵攻に脅かされ、不作や暴動に疲弊しきってやつれていた顔が見違えるように生気が宿っていた。
「報告です!!井戸から水が!!」
「報告します!!未開発の洞窟から宝石が!!」
「ほっ、報告です。大国バビロンから同盟の書状を持ってまいりましたぁ…はぁ、はぁ…っ」
「報告します…」
文官や兵士たちがなだれ込むように王座の間へ次々と報告に集まってくる。
リアムはそんな代わる代わる訪れる文官と兵士が、遠くに映る陽炎のようにぼやっと見えていた。
(こんなに情報が煩雑に言われても)
リアムはゴアの負担を考えて、ゴアに大臣達に書類にまとめるように提案しようと隣を見ると、ゴアはすべての話を理解しているような顔をしていた。
凛とした顔。
今まで厳しくされていたリアムはゴアの怒った目を見ると未だに委縮してしまう。
しかし、何かが変わってしまったゴアの目は、全てを見透かしているようで、それでいて何も映っていないようにも見え、リアムはその目が一番怖いと思った。
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