魔法の代償
西東友一
第1話
「王、ついに見つけましたぞっ!!」
勢いよく王座の間に現れた老練な騎士が扉を開く。
その騎士に続いて部下の若い兵士たちがぞろぞろ入ってくる。
兵士たちの真ん中には、少女がいた。
少女は黒いとんがり帽子を深く被り、床すれすれのローブを揺らしながら平然と歩いてくる。
「本当か、ゲイル」
王は玉座から立ち上がり、渇望の眼差しでゲイルを見る。
「えぇ。かの物こそ、御君の悲願。人の望みを叶える魔女、ルシアです」
貴族や大臣達から感嘆の声が漏れる。
「そうかっ、そうか。ゲイル。長きに渡り大義であった」
「はっ」
ゲイルが片膝をつき、右手の拳で左手を掴みながら、頭を下げる。
「ルシアよ。顔を上げよ」
王が声をかけると、黒ずくめのその少女は顔を上げる。黒一色の中から、徐々に見える肌の色は白く透き通っており、顔を上げ切ると二つの赤い瞳が王を捉える。
「よい、リアムよ。下がれ」
「しかし・・・っ」
「下がれ」
「はっ」
王は気がたっていたのか、自分の前に立った息子リアムにきつい言葉を向ける。リアムも王を守るため、呪いの類を警戒し、剣に右手で触れようとしていたが、王の命令に渋々従う。
王もそんなリアムのそぶりを見て冷静さを取り戻したのか、王座へ腰をかける。
「私の愚息が失礼した…。さて…、失礼を重ねて申し訳ないが、貴殿は幼く見える。私の息子と同じかそれよりも若いようだが、歳はいくつだ?」
「16…」
ぼそっとつぶやく声。
「おぉ。そこまで若いのか…。魔女の噂を聞いたのは8年ほど前だったが」
王は自身の髭を撫でながらルシアに尋ねる。
「5歳の頃から魔法が使えるようになった」
「貴様、王に向かってなんと言う口の利き方だ!!」
リアムがまた一歩踏み出すが、王に手で制され、悔しそうに元の位置に戻る。
「…して、何人の望みを叶えてきたのだ?ルシアよ」
「…わからない」
つまらなそうに答えるルシア。
彼女の赤い瞳は、年寄りの王と目を合わせているだけでは飽きてしまったのだろう。周りを見渡す。
豪華なシャンデリア、春の温かい太陽の光が差し込む大きなガラス窓。歩き心地がよかった赤い絨毯。
赤い絨毯は王まで一直線に伸びている。
ルシアは、今度は人を観察する。
右側には派手な服を着た人々。老若男女様々いるが、ふくよかな人が多い。
「ひっ」
「うぇっ」
多くの人間はルシアの赤い目に興味を持っていて、ルシアを見ていた。しかし、ルシアと目が合うと多くの者が魂を奪われたり、怪しい魔法にかけられるのではないかと、顔をゆがめる。
対して、左側には自分を連れてきたゲイルを含め、体格のいい男ばかりが並んでいて、無駄なぜい肉がなく、頬がこけた人が多い。
「…」
こちらは全くルシアと目を合わせることがなく、まっすぐ前を向いている人たちが多かった。下座というのだろうか、手前の方はルシアの視線を感じると心の揺らぎが現れるように体を揺らす者もいたが、奥に行けば行くほど、視線に動じることなく、微動だにしない。
そして、目線があっても外さない者が三人。
赤い絨毯の階段の先にいる王であるゴア、そして、その隣にいる王女ヴィエナ。
先ほどから、警戒している男、王子リアムである。
ルシアはその青い瞳であるリアムの瞳を覗く。
透き通るような穢れのないコバルトブルーの瞳。
先ほどからさんさんと降り注ぐ太陽の光を反射させ奇麗な色をしており、ルシアはその瞳をまるで宝石でも見るかのようにじーっと見つめる。
「…シャよ」
「ん?」
ルシアはどうやらゴアに呼ばれていたらしい。ゴアの言葉に耳を傾ける。
「さて、私の望みを叶えてほしいのだが、頼めるか」
「自分で、叶えないの?」
赤い瞳がまっすぐにゴアの瞳を見つめる。
「はっはっはっ」
ゴアが大笑いする。
しかし、歳のせいだろうか。少し乾いたような、掠れたような声だった。
「何がおかしいの?」
ルシアはもともと抑揚のない感情がわからない声だったが、少し不愉快そうに尋ねる。
「すまない、許してくれ。自分で叶えられるものであれば、わざわざ忠臣のゲイルを遣わしたりなどしない。そして、失礼な話で申し訳ないが、もし必要がないのに貴殿を呼んでいたとするならば…他の者に悪用されないように貴殿を殺す」
ゴアは深海のような瞳でその赤い瞳を見つめ返す。
「やれるものなら、やってみてよ」
「…ほう」
場の空気が凍る。
リアムを筆頭に左にいた武官たちがいつでも動けるように構える。
「ルシアよ…貴殿は、この国を滅ぼしに来たのか?」
ゴアもルシアのように抑揚のない声で質問する。
全員の視線がルシアに集まる。
ルシアは目を閉じて、周りから自分に向けられた恐怖、嫌悪、敵意、疑念を肌で感じて味わう。
「違うわ、ゴア。私は人の望みを叶える魔女ルシア。私は人の望みを叶えるためにここに来たわ」
ルシアがすっと右手を真横に振ると、その場にいた人々の負の感情がすっと消える。
その不思議な感覚に人々は隣にいた者と顔を見合わせ、戸惑いながらも自身のみが未知の体験をしたわけではないことを理解する。それは王であるゴアも、女王のヴィエナも、王子のリアムも理解した。
「はっはっはっ。これは失礼した。親愛なるルシアよ。さすれば、わが望み叶えていただけるかな?」
「えぇ。私は叶えましょう。迷える子羊の淡い望みを」
ルシアは両手を組み、目を瞑る。
まるで、修道女のように。
「しかし、ゆめゆめ後悔しない望みを。私が叶えられる望みはお一人、1つまででございます」
見開いた赤い瞳がゴアを捕まえる。
何かがとり憑いたように語るルシア。
「父上、やはりここは私が…」
「お前はこれからの繁栄したメヴィウス家を担う王だ。この老いぼれの我が儘に付き合う必要はない。リアム」
「どうするの?」
ルシアはそんな親子のやりとりに興味を示さず、ゴアを急かす。
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