そのめにうつるのは。(BL)
代わりにはなれないと悟ったのはいつだっただろう。
いくら言葉を体を密に重ねても記憶を塗りつぶすことが出来ない。
伸ばした手が空を切る。
「どうした?」
「いや、なんでも」
行き場をなくした手で無意味に髪の毛をかき上げる。切りたて特有の妙に心地よい手触りは初めてあった頃にこいつが褒めてくれたもの。
あぁそういえば、あの頃からこいつの瞳の中には誰かがいた。
「そういえば昨日母さんがいきなりカブトムシ捕まえてきてさ」
水晶体に反射して自分の姿を視認は出来る。でもその脳裏に写ることはいつだって不可能だった。
「ただでさえ最近ゴキを飼いたいって言い始めて夫婦喧嘩勃発させて最終的に権利もぎ取ったのになに考えてんだか」
気が付かないふりを出来ればどれだけ楽だったか。でも視線が交わる数と腕が空を切る数が増えるほど、痛いくらいに分かってしまう。
「聞いてんのか?」
ぐっと顔を覗き込まれて思わず立ち止まって後ずさった。不思議そうに顰めた顔。僅かに歪んだ目に写る俺はなんとも間抜けな顔をしている。全く笑えない。
「あ、わりぃ寝てた」
「どう考えても起きてただろ」
動揺半分に滑稽を重ねる。記憶は重ねても消せないが、感情は感情で上塗りすれば他人には隠せるものだ。
首を傾げる目の前の奴に続きを促すと躊躇もなく進行方向に顔を向き直してまた歩き始める。
向かう先は決まっていて、これからまた俺たちは愛し合う。
それでもきっと心は満たされることはないんだろうが。
「体調悪いなら帰るか?」
「いや、大丈夫だよ」
もう一度手を伸ばす。ふわりと浮かぶ手を今度はしっかりと掴んで指先を絡めた。どうせ意味のないことと知りながらも。
(暗転)
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