煙。(NL)

「たばこやめなよ!」


氷菓子が一瞬で溶けてしまうほど暑い夏に、体の芯まで凍り付いてしまいそうなほど寒い冬。私の家に転がり込んできては山積みになった自らの本分をこなす少年の口癖。


「体にわるいんだよ?」

「じゃああんたにもおすそ分けしてあげるよ」

しかめっ面にふぅーっと副流煙を吹きかけるとさらに眉間のしわを深くされる。

「やめてよ!長生きできなくなるじゃん!」

「嫌なら宿題なんて家でやることだね」


ひらひらと手を振って怒りの視線を背中で受け止める。もう何を言われても聞く耳を持つ気はなかったが、そもそも少年が何かを言うような様子がなかったから。



ー私の傍にいたら長生きなんてできないよ



最後に出かかった言葉はニコチンまみれの主流煙と共に呑み下した。




ーーーーー




「はずだったのにねぇ」

「んぁ?どうしたの?」

「別になんでもないよ」


ソファーを背もたれに地べたに座り込む青年は食べかけのアイスから口を離すとくるりと振り返る。

宿題から本分を仕事に変えて、山積みのプリントはひとつのノートパソコンになって。少年から青年に成長したはずなのに、気が抜けた時の表情はずっと変わらないなぁなんて思いながらふわふわの黒髪を撫でる。


「子供扱いすんなよ!」

「私からしたら子供だよ」

「もう煙草だって吸えるし!」

「でも吸わないんでしょ?」

「だって体に悪いじゃん」



ー長生きなんて出来なくていいから、頼子さんの肺が真っ黒になるのと同じ速度で、俺の肺も真っ黒にしてよ。



この子が20歳になった瞬間に言われた言葉。なんて意地悪な口説き文句だって思った。一体誰がこんな言葉を教えたんだろう。いや、もしかしたら…もしかしなくても私かもしれない。

そんな風に言われたら、もう逃げられないじゃない。



「そう言えば頼子さんすっかり煙草吸わなくなったね」


俺のおかげかな!なんてどや顔でこちらを見やる。まぁ確かにその言葉は間違っていないけど。


「アイス、溶けるよ」

「うわっ!やば!」


氷菓子から雫が垂れて青年の腕を伝う。僅かな不快感に驚いて必死にそれを舐めとる姿を見て、変わらないのは表情だけじゃないなと思わず笑ってしまった。


「笑わないでよ!」

「あんたが面白いからだよ」

「だから子供扱いするな!」

「子供扱いはしてないよ」



ーあんたが大人になっちゃって、吸う意味だってなくなっちゃったし


今度は言葉だけを呑み下す。今のこの子なら分かってしまいそうだから。




煙草嫌いなこの子と、煙草を吸わなきゃいけなかった私。

でもこの子は私が煙草を吸う理由を奪い去った。

だからもうおしまい。

そうだ、浮いた煙草代で温泉にでも行こう。

聡明になってもまだまだ子供なあんたには、少し刺激が強いかもしれないけど。



(暗転)

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