秘め事なんて生ぬるい。(BL)※倫理観の崩壊注意

どうすればいいのか分からなかった。


目の前にはつい数秒前に自身の手によって身を包んでいたものを全てはがされ、生まれたままの姿になった兄。間違ったことなのは分かっている。彼には愛する娘も奥さんもいて、俺はそのことを心の底から祝福し幸せを願っていた…はずなのに。

視界が滲む。大好きな人が涙の中に沈んでいく。泣きたいのは兄の方なのに。


「どうした?」


普段と変わらない笑顔を浮かべて兄は俺の頬を撫でる。それは幼い頃、俺が泣いていた時にいつもしてくれたこと。


「なんで…」


優しくしないでほしかった。普段のように柔らかい声で問いかけるのではなく俺をこっぴどく叱ってくれたら、愛しいものと同じように優しく撫でるのではなく傷跡が残るほどにこの頬をひっかいてくれたら。俺を止めてくれたら。なんて責任を目の前の兄に押し付けたところで、彼は当たり前のように受け入れてくれるんだろう。それが…辛かった。


「…春樹」


ベットの軋む音。兄は俺の腕を優しく掴んで起き上がるとそのままになっていた涙を手で拭った。


「兄ちゃんは逃げないから落ち着いて話してくれ…な?」


そう囁くように言うと俺を抱きしめる。布越しに伝わる温もりはいつか感じたものと同じで、涙がさらに溢れてくる。


「ごめん…ごめん」


謝罪の言葉が戯言のように口から零れた。


「大丈夫」


ボロボロ泣き続ける子供をあやすような手つきで頭を優しく撫でられる。いつもならいい歳した大人に何をしているんだとツッコみたくなるそれが今は精神安定剤のように感じた。抱き締められていた体をゆっくり離し、少し乱れた息を整えてしっかりと兄に向き直る。


「俺…」


胸につっかえていた生々しい感情を吐き出した。吐き出すなんてものじゃない…静かに投げつけている、そんな感覚に近かった。


「…兄ちゃんを抱きたい」


最後の声は制御できないほどに震えていた。


「そうか…」


そんな自分を笑ったり咎めたりすることなく、兄は少しだけ考えるように宙を眺めてからもう一度俺の方に向き直る。


「いいよ」


少しの静寂のあと、優しい声が鼓膜を揺らした。


「…え?」

「春樹になら抱かれても」

「じょ…冗談でしょ?」

「冗談で言うと思うか?」


優しさの中にゆるぎない信念が見える。俺が惹かれて諦められなくなってしまったその瞳。引き返せないシチュエーションに脳は正常さを失っていて何を考えているかは分からない。


「おも…わないけど」


それでも、分からなくても、この人だけは信じられる。いつから俺の価値観は歪んだのだろう。でもそんなこと考えられるほど異常な脳は器用じゃない。


「春樹」


思わず逸らしてしまった顔を優しく手で戻される。


「兄ちゃん…」


次の瞬間、大きなくしゃみが重い空気をかき消した。


「あっ、兄ちゃんそういえば服着てなかった!」


くしゃみで思考停止していた脳がしっかりと動き出す。もう歳も歳だし子供みたいに寝ただけで治ってしまうような回復力は見込めない。このまま風邪なんかひいてしまったら、それこそ周りに迷惑をかけてしまう。慌てて脱がせたまま床に投げ捨ててしまった服を取りに一旦ベッドから降りようとした、その時だった。裾をひいた手は確かに目の前の兄のもの。力が強いわけでもないのに強制力があって体が動かなくなる。


「…兄ちゃん?」

「どうせなら春樹があたためてくれればいいんじゃない?」


どこかのエロ漫画みたいな台詞が兄の口から紡がれた。本来なら可愛い女の子だったりエッチなお姉さんが言うはずなのに。目の前の光景と想像が違いすぎてそんな場面じゃないのに思わず笑ってしまう。


「似合わないなぁその台詞」

「今から抱こうとしてる人に言う言葉じゃないでしょ」

「似合わないのとエロいのは別だから」


真面目な顔をして言うと兄は俺と同じように優しい顔で笑った。その笑顔になんだか背徳的な感情が湧きあがって、なけなしの理性が押しつぶされる。


もう、どうなったっていい。


「兄ちゃん…抱いてもいい?」


もう一度、今度はゆっくりと優しく押し倒した。目の前には僅かに顔を赤くさせた兄。


「なんかかっこいいな」

「まぁ…さっき散々ダサいところ見せちゃったし」

「春樹になら何されても俺は許すよ?」

「…馬鹿でしょ」


今から抱かれるとは思えないほど爽やかな笑顔を浮かべる大切な人に笑いかけて、俺はその無防備な唇に甘ったるく自分の唇を押し付けた。まるでこの罪を共有するかのように。



(暗転)

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