まくらな営業。(BL)
ー世の中はそんなに甘くない。
雨粒を弾く窓の外をぼんやりと眺めながらそう考える。静かな空間に響くシャワーの音が耳に纏わりついて気持ちが悪い。
この音が途絶えたら…自分は抱かれる。
所謂枕営業というやつだ。
自分の仕事のために誰かを抱く…もしくは抱かれる芸能界の闇。本来なら女性のイメージが強いものだが、意外にも男性が男のお偉いさんに枕をすることも少なくないらしい。
まぁそんなことはどうでもいいのだが…。
別に性交渉をしたことがないわけじゃない。曲がりなりにももういい大人であるし、家庭だって持っている。それでも誰かに抱かれるという経験はないわけで。いや、抱かれるだけならまだいい。そこまで偏見はないつもりだ。ただ、あまり素性も分からないような怪しげな男に抱かれざるを得ないという状況は誰にだって不快なものだろう。
「はぁ…」
それでも自分は抱かれなくてはならない。自分のため…否、自分の大切なもののためにも。
自己を犠牲に大切なものを守れるのなら、誰かの生きがいを守れるのなら。それでもいいなんて言葉はあまり好きではなかった。
誰だって自分が一番だし、何かのために自分の純潔?…を犠牲にするのは割に合わない。
それでも目の前にこのあまりにも不安定な天秤を置かれてしまっては、理性的な判断が出来ないくらいに。自分は未熟だったようで。
薄くため息をつきながらベッドの端に腰を掛けている。
「…あつ」
顔の熱さはきっと先に飲まされた酒のせい。
パタパタと手で仰いでぬるい風を浴びると幾分か酔いが醒めた気が沸き起こる。正常な判断なんか行灯がかかる薄木の門をくぐり終えた時から出来ていないのに。
不意にシャワーの音が消えた。静寂が嫌に生々しい空気を作り上げて来て居心地が悪くなり頭を振る。年甲斐もなく染め上げた金色の髪先から乾きそびれた水滴が飛来してカーペットのどこかを濡らした。でもそんなこと俺にはもう預かり知らぬ話。
鈍い音が静寂を裂く。それはきっとバスタオルか何かを手に取ったものだろう。きっともうすぐ、ドアが開かれる。
早鐘を打っているわけでもないのに無意識に深呼吸をひとつ。
これじゃあまるで望んでいるようじゃないか。
いや、ある意味望んでいることなのかもしれない。あくまでも俺が望んでいることは行為のその先の利益…だが。
先ほど浴びせられたネバついた視線を思い出して身震いする。全く、こんな人間のどこに魅力を感じるのだろうか。それだけはただ単純に分からない。
空間で音が高く波打つ。
振り返ることもせずに俺は、再び注がれる粘液性の強い視線を背中で受け止めた。
(暗転)
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