思いもよらぬ。(NL)

「こんなもの買った覚えないんだけど」


じとりとした目に睨まれて背筋にひんやりとした汗が垂れる。テーブルの上にどさりと置かれているのは様々なジャンルのエロ本たち。しかもご丁寧にマジックペンで名前まで書かれている。それだけ見れば部屋に隠していたエロ本が見つかって母親に怒られている息子に見えるだろう。しかし事態はそんな分かりやすいもんじゃない。


「勝手に私の名前をエロ本に書いておくってどういうことなのお兄ちゃん!」

「ごめんって!」


そう、今俺の前に仁王立ちしている女性は紛れもなく俺の妹。普段は心優しく可愛らしい妹である彼女だが、今日は母に負けず劣らずの鬼の形相。まぁそれもそうだろう。兄がこっそり買っていたはずのエロ本に自分の名前が書かれていたのだから。しかもそれに加えて…


「しかも私の部屋に隠してるとかどういうこと!?びっくりしたんだけど!」

「はい…」


しかも彼女の兄…すなわち俺はそのエロ本たちをあろうことか彼女の部屋に隠していたのだ。妹の部屋にあって妹の名前が書かれていたらもうそれは傍から見たら彼女の所有物だろう。


「見つけたお母さんに「趣味は否定しないけどこういうのはもう少し大人になってからよ」って少し憐れむような目で見られた私の気持ち分かる!?」

「それは…どんまい」

「お兄ちゃんのせいでしょ!」


びりびりと皮膚が痺れるほどの怒号。うちが一軒家でよかったと心の底から安堵した。隣の部屋の人とかにこの惨状を知られたら今後ばったり鉢合わせしても挨拶返せない自信がある。


「とりあえずお母さんには後でちゃんと言っといてね…あれ私のじゃないって」

「え!俺のだって言ったら母さん絶対怒…」

「分かった?」


蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。ここで「はい」以外の言葉を発そうものならひとたまりもないことは目に見えていた。


「…はい」


俺は本当に渋々それを受け入れる。まぁ種を蒔いたのは紛れもなく俺自身だけど。


「じゃあこれ返しとくから」

「はい」


テーブルの上に置かれた本を押し付けられて妹は俺の部屋から出ていこうとする。そんな時だった。ふとした疑問が頭をよぎる。


「読んだりした?」


口に出した瞬間に聞かなきゃよかったと後悔した。当然のごとく俺に背を向けた妹の耳がみるみるうちに赤くなっていく。これは今日一の怒号が襲ってくる。そう思って耳を塞ごうとしたその瞬間。


「…見たら悪いの?」


張りつめた空気を絞り出すような妹の声が震わせた。思ってもいなかった反応に怒号じゃなくて動揺が俺を襲う。妹の反応的に彼女はこの本の中身を見たんだろう。

女性のエロ本に対しての関心は男の俺にはよく分からない。しかしこの反応、そして見つかった時点で捨てなかった妹の行動。それを通じて俺の中である一つの考えが浮かんだ。

きっとこのエロ本たちは妹の新たな扉を色々と開いてしまったのだろう。捨てなかったという行為がそれを証明している。兄として、純粋無垢な少女だった妹にしてしまったことにようやく気が付いた俺は胸をズキリと痛ませた。しかし後悔先に立たず。これから俺が妹に出来ることと言ったら、この開いてしまった道を閉ざすのではなく受け入れさせていくこと。しかしそれを分かりやすく口に出すのは流石の俺でも気が引ける。

だから俺は考えを頭の中で咀嚼して彼女が少しでも答えやすいような言葉に直してふるふると震える背中に投げかけた。


「大体ベットの下に置いとくから」


その言葉を聞いて妹は振り返ろうとしたが、今俺に顔を向けるのはやばいと思ったのかぴしりと固まってからもう一度前に向きなおる。


「…うん」


そしてまた妹は絞り出すような声で呟く。より一層耳が赤らんだ気がしたが、優しい兄である俺は見ないふりをすることにしてあげた。


それから数日後。エロ本に対する諸々をがっつり怒られつつも焼却だけは免れた俺の部屋に度々妹が訪れるようになったのだが、それはまた別のお話。



(暗転)

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