誰と作るか。(GL)
料理はあまり得意な方じゃなかった。
というより、下手かどうかも分からなかった。包丁は危ないからといって持たせてもらえなかったし、調理実習は親の意向で私だけ参加させてもらえなかった。みんなが廊下で三角巾の有無を嘆いている間も私は一人教室で実習出来ない代わりにレポートを書いていて。調理室で食べているみんなを思い出さないように、一人の教室で食べるお弁当の味は覚えていない。
「お腹空きましたね…」
数年後。私は大学へ進学することを理由に実家を離れた。憧れの一人暮らし…のように思えたけれど、両親は私を絶対に一人にはさせたくないらしく。
「何か作りましょうか?」
私の一人暮らしには一人のメイドさんが付いてきた。メイドさんと言えど服装はメイドとかじゃなくて、ラフなシャツにジーンズというごく一般的な服装。終始真顔と敬語はやめてほしいと何度も言っているのに表情も口調も砕ける気配は一向に見えない。
「今日は私が作りたい!」
「え…ぇ」
私の言葉に無表情だった顔が明らかに歪む。この顔を見るのは何度目だろう。
「あなたのお父様からは家事はやらせるなとお達しがあるのですが…」
「たまには作りたいの!」
「…はぁ、分かりました」
うるうると瞳を潤ませて縋り寄ると数秒の後、深いため息をついて雑に頭を掻きむしった。これがきっと本来の姿なんだろうと少し嬉しくなる。
「お父様にはご内密でお願いしますね?」
「もちろん!」
目玉焼きは必ずスクランブルエッグになるし、電子レンジの中では大体中に入れていたものが爆発する。いまだに野菜は乱切りもどきしか出来ないし、サランラップだって上手に切れない。
「そう言えばなんでお嬢様は料理をしたいのですか?面倒くさいだけだと思うのですが…」
「え?」
いつの間にか赤い三角巾で黒髪をすっぽりと覆ったメイドさんがもの凄く不思議そうな顔を向けられる。多分きっと彼女も、みんなの方だったんだろう。
「あの時の悲しい自分が少しでも報われるから…かな?」
「あの時の?」
少ししんみりした空気にバターがじんわりと溶け始める音が混ざる。今日は少しだけスクランブルエッグがしょっぱくなりそうな気がした。
(暗転)
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