ギャップ。(BL)

「お」


閑散としている商店街にある中華料理屋。俺だけの隠れ家と思っていたこの店に一番出会いたくない人間が現れた。


「……げ」


同級生でクラスのカースト最上位の超陽キャ野郎。俺はこいつがものすごく苦手だ。いじめられているとか馬鹿にされているわけではい。ただ…。


「うっわ奇遇だな!」


聞きたくもない大声が耳を震わせて、美味しい醤油ラーメンが一気に不味くなった気がする。

こいつの大声は耳に響く。ただでさえ大きい音が苦手な俺にとって奴の声は耳元でいきなりクラッカーを鳴らされるようなもので不快を通り越して色々負傷してしまうのだ。


「…そうだね」

「兄ちゃんこいつと知り合いなのかい!」

「そうなんですよ~」


顔なじみの店長が愛想よく声をかけると当たり前のように奴は俺の隣に座る。店長の言葉に恨みすら覚えそうになったがあくまでも客商売なのだから仕方がない。


「え?もしかして常連なの?」

「う…」

「そうなんだよーいつも美味しそうに食べてくれてなぁ!」

「まじか!」

「ま…あね」


店長と陽キャの会話に巻き込まれつつも何とか箸を進めていく。俺はとりあえずこの場を離れたかった。ここのお店のラーメンはとても美味しい。だからこそこいつがその美味しさに惚れて常連になってしまうのが俺が一番危惧していることだった。とても気に入っている店なのに…。


「へいお待ち!」

「うっわ旨そう!」


ほどなくして陽キャの前に醤油ラーメンが置かれた。ホカホカと湯気を立てているそれは今食べていて満足しかけているのにさらに食欲をそそられてしまう。


「いただきまーす!」


昼休み中の煩さ具合だ、陽キャはどうせ食事中もぺちゃくちゃと煩いんだろう。そもそも陽キャはせっかくの美味しい食事を楽しもうという気概がない。大きい音が苦手なこともあるがそれも陽キャが苦手な要因だった。

しかし…俺の予想に反して、俺の隣からはやかましい音は何も聞こえてこなかった。


(意外に静かだな…)


あっけにとられながらもようやく最後の一口を食べ終えて俺は席を立とうとする。おいていくにしてもせめて挨拶ぐらいはしようと奴の方を向いたその時、俺は目の前の光景に思わず足を止めた。


(…食べてる姿すっげぇ綺麗だな)


さっきまで大声で笑いながらしゃべっていたなりはどこにひそめたのか。静かに麺をすすって時折湯気の熱さと恍惚に顔を染めている姿に俺は目を奪われた。ギャップというやつだろうか。なんだか纏っているオーラまで変わっている気がする。さっきまでがちがちの陽キャオーラだったはずなのに今はそうだな…清楚なお嬢さまって感じ。ただの下町の中華料理屋の一角が高級フレンチ店みたいな雰囲気になっている。


「っ…かえる…わ」


若干の動揺をしつつ何とか言葉を発する。すると今までの綺麗な雰囲気は陽キャオーラに上書きされてしまった。


「おう!また学校でな!」

「…う…うん」


大きい声は相変わらずでまた耳が痛くなったが、あの時目に焼き付いた光景は俺がお昼休みにあいつを探す理由としては充分なくらいだった。



(暗転)

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