紳士なナンパ師。(NL)

暑さが少しだけ和らいできた夏の日。


「ねぇお姉さん暇だったりする?」

「えっと…」


私は人生初のナンパに遭っていた。



「お姉さん可愛いから声かけちゃった」


清潔な印象を与える程度にセットされた茶髪に、涼しげな緑の半そでワイシャツ。その中にはイケメンしか着こなすことを許さない無地の白Т。見た目に合ったトーンが明るくて爽やかな声。出会い方さえ違ければ圧倒的に好印象そうな男性。むしろなんで自分なんかをナンパしているのだろうとさえ思ってしまう。


「もしよかったらなんだけど涼しいカフェでもいってお茶しない?僕が奢るからさ」


好青年なナンパ師さんはそう言うと親指を立ててにっこりと笑う。正直暇だったらお茶くらいならいってもいいなぁなんて思ってしまうところだけど。


「あの私…」


おそらくあと10分ほどで現れるであろう友人が頭をよぎる。それに今日は合流した後ずっと楽しみにしていた映画を見に行く予定だ。前売り券もしっかりと買って今日までネタバレを踏まないように最大限の注意を払うほど楽しみだったものを無碍にしたくはない。ここはしっかりと断らないと


「今、人を待ってて…」


喧騒にかき消されてしまいそうな声になってしまった。目の前の彼もきょとんとした表情をしている。でもここで怖がって折れたらきっと後悔する。「だから…」と続けようとしたその時だった。


「そっか!分かった!」

「…へ?」


爽やかさに拍車がかかった声で告げられた言葉は私が予想していなかったものだった。今度は私の方がぽかんと口を開く。


「もしお姉さんがよかったら一緒にお茶したいなぁってだけから、これから用事があるんでしょ?」

「は…はい」

「時間がありそうだったから声かけてみたんだけど…僕の観察眼もまだまだだったね」

「そ…うなんですか?」

「まぁお姉さんが可愛いのは事実なんだけどね!」


ぱちりとウインクして目の前の彼は微笑む。つい数秒前まで自分をナンパしてきたとは思えないような爽やかさだ。彼女いるでしょ絶対。


「じゃあ俺はお暇しよう…」


彼が私の元を立ち去ろうとしていたその時だった。


「なぁ」

「そんな男じゃなくて俺たちといいことしに行こうぜ」


一人はぼさっとした金髪でサングラス。もう一人はピアスいっぱいでこちらもサングラスをつけている。派手な柄Tシャツに短パンからはボーボーとすね毛が生えていて、使い古されたサンダルを履いている。何というか、今度はテンプレ通りなナンパ二人組が現れてしまった。もしかして今日が人生最後のモテ期だったりする?だとしたら凄く嫌なんだけど。


「僕は別にこの子の彼氏じゃないよ?」


爽やかさは残しつつ冷静に訂正する彼にもはや私は少しの安心感すら抱いてしまう。数分前にナンパされた人間に抱く感情とは違う気がするけれど。


「ならとっとと消えてくれる?俺らはこの子と遊ぶから」

「ちょっやめっ…」


ナンパ組の一人が急に私と彼の間に割り込んできて私の腕を掴んできた。爪が食い込んで痛い。さっきまでのナンパとの差がありすぎて怖くなる。本当はナンパってこんなに怖いものなんだ。今までは振り払えばいいって思っていたけれど自分が遭ってみると分かる。これは抵抗出来ない。足がすくんで声が出なくなっていく。


「ねぇ早く行こうよ」


陽気な声に鳥肌が立つ。怖い。


「おい」


私が泣きそうになっていた時だった。突然、ドスの利いた声。それと同時に腕にかかっていた痛みがなくなった。


「無遠慮に女の子の腕掴んでんじゃねぇよ」


顔を上げると、さっきまで爽やかスマイルだった彼の顔が圧倒的な威圧感を纏ったものに変わっていた。視線を二人組の方に移すと、一人が苦痛に歪んだ表情を浮かべている。体を辿ると好青年だった彼がナンパ男の一人の腕を掴んでいた。よほど強く掴んでいるのか、肌がねじれている。


「お前、自分に魅力があるって自惚れてねぇか?」


ドスをそのままに彼は続ける。少しチャラ目だけど丁寧さを感じる口調はどこへ行ったのか。


「馬鹿じゃねぇの?ナンパってのはお前の自己都合でするオナニーじゃねぇんだよ」

「な…なんだと!」

「相手の都合や状況を考えないやつはナンパ師の風上にも置けねぇ」

「ナンパ師の風上ってなんだよ…」

「っていうかこの女も抵抗してねぇんだからまんざらでもなかったんだろ!」


後ろでワタついていた方の男が私の方を指さして叫ぶ。しかしその指もすぐに遮るように目の前の彼が盾となってくれた。


「そりゃあんなに脅してたら声も出ないだろ、まずは鏡でも見て練習するんだな」

「なっ!」

「ちょっと何してるのよ!」


バチバチな空気になってきた頃。元々私が待っていた友人が到着した。男勝りな彼女は私から全ての男を引きはがして私を抱き締める。


「ゆっゆいちゃん!?」

「ナンパならお断りよ!」

「な、女のくs…!?」


ナンパ男が叫ぼうとしたその時、ゆいちゃんが拳を振り上げる。そして…


「…あれ?」


ナンパ二人組が同時に吹っ飛んだ。いくら強くてもゆいちゃんが二人同時に倒せない。


「君、すじいいね」

「あんたこそ」


ゆいちゃんとにやりと笑っているのは好青年さんだった。


「えぇぇ殴っちゃだめだよ!」

「いいの、まゆをナンパするようなきも男はこれくらいしてやらないと」


完全に伸びてしまった二人を見てわたわたしながらゆいちゃんを宥めようとするけれど全く聞く耳を持ってくれない。そもそも隣にいる人もナンパしてきた人なんだけど…。


「じゃあ僕も殴られなきゃダメかな?」

「え?」


きょとんとしてゆいちゃんが好青年なナンパ師を見る。自然と拳が出来上がっていたのでとりあえず慌てて止めた。


「この人は助けてくれたから!」

「そうなの?」


拳を解いてゆいちゃんがまじまじと彼を見つめる。そして大きなため息を吐くと眉間にしわを寄せつつゆいちゃんは口を開く。


「今回は助けてくれたみたいだからいいけど、不用意に近づいたら殴るから」

「もちろん」

「なんか拍子抜けね…」


苦笑いを浮かべるゆいちゃんにへらっと笑う。そしていつの間にかゆいちゃんに再び抱き締められた私を見てまたウィンクをして人差し指を唇に添えた。


「怖がらせちゃってごめんね」

「えっと…」

「まだナンパ続ける気?」

「いや、僕はお暇するよ、じゃあ楽しんでね!」


そう言って颯爽と街の人影に埋もれていってしまった。そういえば最後まで名前を聞けなかったなぁなんて考えてしまう。


「遅くなってごめんね、大丈夫だった?」

「ううん、私が早く来すぎてただけだから…それに」


私の歯切れの悪い言葉にゆいちゃんがこてんと首を傾げる。


「名前聞いておけばよかったなって」

「…えぇぇぇ!?」


生まれてこの方20年。初めてのナンパで私はもしかしたら恋をしてしまったかもしれません。



(暗転)

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