傷負い少女。(NL)

 僕が生まれたこの村には一つの風習がある。

 それは十年に一度その年に十歳を迎える子供の中から一人、村への捧げものとして次の十年まで生きるというもの。まぁ簡単に説明すると生贄のようなもの。しかし生贄といっても神にその命を捧げたり、捧げるためにどこか深い洞穴とかに閉じ込められるわけではない。

 生贄がその身を捧げるのは村の住人になのだから。


 あ、住民に捧げるとは言ったがエロい話ではないから勘違いしないでほしい…個人的にはそっちの方がよかったとさえ思ってしまうんだけれど。


「あ、おはよう」

「…おはよ」


 僕の村の捧げものは普通に村の中に住んでいて、きれいな家でご飯もしっかりと与えられている。誰かと会ってはいけないとも言われてないし、遠くに行きすぎなければ外出だって許されている。


「今日は買い物か?」

「うん、ちょっとお塩が足りなくなっちゃって」

「そっか、僕もそっち行くから一緒に行こうよ」

「うん!」


 ここまでだと別に生贄になって嫌な条件は一つもないように感じるむしろ生贄になりたいとさえ思う生活環境。でも、この生活環境さえもひっくり返すような生贄の存在理由があった。それは…


「いたぃ…」

「だっ大丈夫か!?」


 彼女は急に歩みを止めたかと思うとその場にしゃがみこんだ。広めの通りを歩いていて特にぶつかるものもなかったはずなのに、彼女の足からは何かにぶつかった後のような傷ができ、そこからは血が滴っている。


「うん…私がぶつかったわけじゃないから…平気だよ」

「でも…」

「これで村の誰かの痛みが減っているって思ったらこんなのへっちゃらだから!」


 彼女が生贄として存在する理由。

 それは村の住人が怪我をした時などの痛みを半分だけ請け負うこと。


「いたいのいたいのとんでいけ」というおまじないは有名だろう。そのおまじないをかけられた人は少しだけ痛みが飛んで行ったように感じるあのやつ。この村ではそれが物理的に存在している。


 というにも遠い昔。この村がまだ本当に小さい村だった頃に。気まぐれに訪れたまだ幼い神様が道端でずっこけて泣いていた時、通りかかった一人のおばあちゃんがそのおまじないをかけてあげた。そうしたらその神様はすぐに泣き止んでそのおまじないをたいそう気に入ったそうで。本当はおまじない程度でしかなかったそれを本当の魔法にしてしまったらしい。それからというもの、十年に一人現れる痛みを共感できる人間の子供にその神様と交霊させることで村全体の人間と痛みを共有するという儀式が出来上がった。


(そんなことで説明できると思ってんのか…?)


 まだ小さい頃にこの話を聞かされた時は親がおかしくなったと思った。でも、現実として認めざるを得なかったんだ。

 俺がお皿で指を切ってしまった瞬間にただ隣にいただけだった大好きな子も全く同じところを怪我していたから。


「とりあえずうちに戻ろ、多分ばんそうこうあると思う」


 彼女はこの十年の生贄として選ばれた少女…もとい僕の幼馴染。彼女は元々僕の家の隣に住んでいたのだが、彼女が9歳の頃に両親が事故で他界。そしてそれから捧げものになるまでは僕の家で一緒に暮らしていた。けれど彼女の十歳の誕生日会の時。僕がお皿を落として怪我をしてしまって。その時に彼女が捧げものとしての適性を持っていることが判明した。しかも彼女は珍しいくらい適応が高かったようで。普通の子ならあの神様との交霊儀式を終えないと村全体の人間と同じところを怪我するほどの共感力を得られないらしい。でも彼女は同じ空間とはいえ交霊儀式を終えていない状態で怪我の共有まで行えたのだから、捧げものとして生きることは決まったも同然だった。


「それにしてもお家に行くの久しぶりだなぁ」

「そうだな、たぶん母さんも喜ぶと思う」

「あ…何か手土産持ってった方がよかったかな?」

「いいんじゃない別に」


 その時から彼女は捧げものの人用の家で一人暮らしをしている。流石に中学に上がるまではお手伝いさん的な人はいたらしいが、彼女自身がもう大丈夫ですと断ったらしい。彼女は底抜けに優しい人間だから、突然痛がる自分を内心お手伝いさんが怖がっていたことを知っていたんだろう。


(あと…4年か)


 彼女が生贄から解放されるまでの時間。そして彼女が孤独に戦い続ける時間。


「家に来るってだけで十分の土産だと思うから」


 僕は痛みを共有できないけれど。少しでも寄り添って彼女の心の傷を癒してあげられたら…なんて淡い希望を抱く。

 なんだか胸の奥が少し痛んだ気がした。



(暗転)

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