読吐症。(NL)
私の友人は読書というものが苦手だ。
ただそれは退屈だからとか、文字を追うのが苦手だからとかではない。
「ウェ…ァ"」
「大丈夫か?」
こいつは読吐症というやつにかかっていた。
読吐症は最近発見された奇病のひとつ。
小説や漫画問わず本や広告の見出しなど文字の羅列を「読み」理解をしようとすると体が拒絶反応を起こし吐いてしまうという症状がある。しかもより重度の人間は吐いた時にその読んだ内容すら忘れてしまうそうなのだ。その理屈は現在でも分かっていないらしい。
「うん…いつもごめんね」
朝のホームルームが終わった直後、俺はいつものようにトイレまで付き添っていた。手には1限の教科書やらノートが2人分。
「いいんだよ別に、にしてもあいつらもうちょっと理解をしようとしたっていいだろうが」
秋の朝の読書週間、なんてイベントがある。
そこでは生徒全員が学校から指定された本たちの中から選んで毎朝学校のホームルーム前に黙読しなきゃいけない。
「しょうがないよ…まだ全然知られてない病気だし」
「でも、黙読じゃなくたっていいじゃん…ほら…」
こちらもまだ解明はされていない事なのだが、読吐症は「読む」ことで発症するらしい。だから文章を読んで理解するというは出来ない。しかし、音として文章を理解することは普通の人間よりも長けているらしく。文字を読み上げてその音を耳で聞けば理解も出来るし、読吐症の症状に苦しまされることもないそうだ。
「流石にみんなが静かなところで音読出来ないよ」
「でも…」
全てを吐き終えた友人は次の言葉を続けられない俺に困ったような笑顔を見せて「ありがとう」と自分の教材を受け取る。
「それより、早く私もどんな内容か知りたいな」
「…そんなに面白くないよ」
「えーじゃあ尚更気になる」
この友人は読吐症にかかっているのに未だに本が好きな変わり者。
「なら家帰って音読すればいいだろ」
「えー朗読してくれないの?」
またいつものお願いをされる。確かに読吐症の人物が読書というものを楽しむのに誰かが喋っているのを聴くというのがあるのは知っている。それもあって今は朗読CDや作品を朗読をする動画も増えてきた。学校指定の本だって探せば何かしら見つかるはず。けれどもこいつは俺に朗読させたがるのだ。
「…断れないのわかって言ってるだろ」
そして俺はこのお願いを断れない。
幼なじみだったこいつが本を好きだったことも知ってる、そして読吐症にかかった時の絶望の顔も知っているから。
「どうかなぁ?」
ニヤッとそいつが笑うとちょうど予鈴が鳴る。と同時に俺は深い溜息をついた。
「読んでやるから…放課後でいいか?」
「やったー!」
俺がいつものように折れると友人は小躍りしながら1限の教室へと歩き出す。
特に症状が重い人間は一度聞いた文章の内容は二度と忘れないと聞いたことがある。
なんと都合がいいだろうと思うが、一度聞いたものは忘れないということは今まで言われた全てのことを「忘れられない」ということになる。
奇病への偏見も、自分への心無い言葉も。それは少し…いやだいぶ、辛いよなって思う。
だからこそ。
「急がないと遅れちゃうよ!」
「あー…うん」
その言葉達が少しでもあいつの脳の片隅に追いやられるように、素敵な物語で埋めつくしてやりたいな…なんて。そう思う。
(暗転)
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