第4話

《異世界人の魂》であるタナカと融合してから、一年が経った。


《走り込み》《瞑想》《筋トレ》といった強化メニューに取り組み、クロエとハードな遊びをし、胃が破裂しそうになるぐらい食事をし、白魔法の習得に励む。


そんな日々を一年間続けた結果、僕は七歳児にして、身長160センチとなっていた。


タナカは『バスに乗ったら大人料金を取られるな』とか意味不明なことを言っていた。

バスってなんだろう。馬車みたいなものかな。


そんなある日、タナカから『そろそろモンスター狩るか』と言われた。


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モンスターは、野生動物とは違って、人間を見たらすぐに襲い掛かってくる。

なんでも、魂の奥底から人間を敵と思っているらしい。

実際に、ひ弱な人間の子供とかは、すぐに殺されてしまうそうだ。

だから、子供のうちは、村から絶対に出ないように言われる。


「村から出て、大丈夫なの?」

僕は問いかけた。

『だいぶ強化できてるから、タイマンだったら雑魚には負けないと思う』

「ふーん」

『どちらかというと、大人にバレないようにしないとな。もしバレたら、村から出ることができなくなるかもしれない。レベリングの邪魔をされると、後々に響く』



その晩、僕はいつもの強化メニューを軽めに済ませた。

両親が寝静まったのを確認し、家から抜け出した。


村のはずれの柵を乗り越えると、僕は村の近くの平原に向かった。

『はじまりの村の近くの平原だと、視界も開けているし、群れるモンスターも少ない』

僕は、タナカの道案内のまま、平原まで走った。

明日からは、早朝に《走り込み》をしないかわりに、平原までの移動の際に走ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら。


平原につくと、僕は木刀を手に持って、いつモンスターが出てきてもいいように構える。

夜の月あかりに照らされ、平原を一望する。

背丈の高い草で視界を遮られるところもあるが、そういうところには近寄らないようにすれば、不測の事態には陥らなそうだ。

風が吹くと草木が揺れ、かすかな虫の音が、満天の星空の下に聞こえてくる。


まるで世界に僕一人しかいないような穏やかな時間。


ずっとトレーニングに明け暮れていた僕が、久しく味わっていないものだったわけで。

モンスターのいる危険なところにいるはずなのに、僕はこの空間の生み出す心地よさに魅せられてしまっていた。




そのときだった。



僕の右斜め前の草むらから、大きな黒い塊が飛び出してきた!

『草原鼠だ!雑魚だけど油断するな!』


衝。


いきなり50センチほどの鼠に体当たりをされた僕は、構えた木刀を弾かれてしまい、無手になってしまう。


くそ!

体勢を崩されてしまった僕は、とっさに草原鼠の顔面に拳を打ち込む。

だが、その勢いを殺しきれず、草原鼠に押し倒されてしまう。


両手で草原鼠を突き放そうとするが、奴は僕の首筋を狙ってくる。

その汚い口から見える歯を突き立てるために、懸命に体をねじりこませてくる。


あれだけ強化したのに!

なんで!


油断をしてしまっていた僕が悪いのだけど、僕はまだこんなとこでは死にたくない。


僕は、咄嗟に、両手を草原鼠の首下に動かした。

そのまま喉輪にし、奴の首を締め上げる。

だが、草原鼠は必死の抵抗をする。

全体重をかけて、押し倒されている僕の首筋にねじりよってくる。


草原鼠の赤い眼と、僕の眼が合った。

その瞬間、僕は、お互いが命を獲りあう獣に過ぎないことを理解した。


お前なんかに!

お前なんかに殺されてたまるか!


僕は全力を両手にこめて、懸命に締め上げる。

奴も全力をこめて、その歯を突き立てようとする。

それは、洗練された戦いなどではなく、単なる獣の命の取り合いに過ぎない。

奴がさらに力をこめて、それに比例するように僕が力を込めていく。

そんななか……


バキッ


僕の両手の先から、変な音がした。

急に、その瞬間、草原鼠の赤い眼は白目になり、そしてかかってくる圧がなくなった。


僕は、僕の両手で、草原鼠の首の骨を折ったんだ。


もはや生命が感じられなくなった草原鼠を横に置くと、僕は呼吸を整えた。


『雑魚しかいないマップ』。

そう聞いていたのに、僕は殺されそうになった。

あれだけトレーニングをしたのに。

村のみんなが、僕の体格に驚くぐらいになったのに。

僕はあいかわらず無力なガキに過ぎなかった。


天狗になっていた僕の鼻っ柱はボキボキに折られてしまった。


僕のデビュー戦はとてもほろ苦く……。

気が付いたら涙を流していた。



タナカの言に従い、草原鼠の骸を《インベントリ》に収納すると、僕は村に戻ることにした。

とてもその日に、もう一度モンスターと戦う気にはなれなかった。


帰路を歩く僕の身体はとても重く、そして、初めて命を奪った僕の両手は何か穢れたもののように感じられた。

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