第5話

僕が初めてモンスターを倒してから、早くも二か月が過ぎた。


いつもどおりのメニューをこなして、夜には家を抜け出して平原に行く。

そんな日々を送っていた。


初めて草原鼠を殺したときには動揺してしまったし、自責の念に苛まれた。

自分の手で命を奪うことの罪悪感は、しばらくの間、僕を苦しめた。


でも、人間というのは不思議なもので。


モンスターを狩る回数が増えれば増えるほど、命を奪うことへの抵抗感は減っていく。

そして、一日に一匹だけしか殺せなかったのが、何匹も殺せるようになっていった。


人間の慣れというのは恐ろしいものだと思う。


『はじまりの村の近くの平原』とタナカが言っていた場所で、草原鼠や一角兎といった動物系モンスターや、大鴉といった鳥系モンスターを狩りつくした。


なんせ、僕は《ヒール》や《リフレッシュ》で回復しながら戦えるからね。

白魔法を使っても、MPが自然回復するし。

MPの消費状況を気にしながら一晩中狩りをして、早朝にこっそり帰宅して寝床に入ればいいんだ。


モンスターとの遭遇回数が減ってきたこともあり、タナカは『そろそろ狩場を一つ上の場所に変えよう』と提案してきた。


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僕は、山のふもとに来ていた。

月明かりの下、タナカの道案内に従って歩いて、たどり着いた。


『はじまりの村の近くの平原』を抜けた先にある『ツーク山』だった。


いつも村から遠くに見えてた山だ。


こんなところまで来てしまったのか……。

父と母にバレたら、とんでもないことになりそうだ。

ここは、大人でも腕に自信のある人しか近寄ってはならない場所だ。


なんでも、魔蜂や血犬と呼ばれる群れをなすモンスターや、巨猪や殺人熊という単体でも強力なモンスターがいるとか。


なんだか、いきなり狩場の難易度が一気に上がった気がする……。


「ここって、本当に安全マージン取りながら戦えるの?」

『たぶん大丈夫だと思う』





タナカのいうことを信じた僕が馬鹿だった。


一時間後、僕は血犬十数匹に追い回されて、ほうほうの体で『はじまりの村の近くの平原』に逃げ帰っていた。


経緯を説明すると……。

早々に、三匹の血犬と遭遇した僕は、先制攻撃で一匹目を仕留めて、二匹目に殴りかかった。

そのとき。

残っていたもう一匹が吠えた。

『ツーク山』全体に響き渡るかのような大きな遠吠えだった。


僕が二匹目を殺して、三匹目を倒そうと思い、振り返ったら。

そこには五匹ほどの血犬の群れが出現していた。


僕の戦い方に隙があった。

多対一の戦い方を理解していなかった。

相手の挙動を押さえずに、攻撃にうつってしまった。

問題点は幾らでもあった。


だから、仲間を呼ばれてしまったのだ。

山の上のほうから、さらに群れが走ってきている気配がする。


僕は慌てて、来た道を走った。

血犬の群れを引き離すまで、ひたすら走った。

すぐ背後に襲い来るモンスターの気配を感じながらの、本気の全力走りだ。


そして、鳴き声が聞こえなくなって、さらにしばらく走って。


全身の力を使い果たした僕は、座り込んでしまった。

流れる汗。

止まらない呼吸。

《ヒール》や《リフレッシュ》を唱えることすらできない。


しばらくそのまま座り込んで、呼吸を整えた。

そして、呼吸を整え終わって、ずいぶんと時間が過ぎた。


でも、一度怖気づいてしまった気持ちはなかなか盛り上がってこない。



もう今日は帰ろう。



そう思い歩き出すと、目の前に一角兎がいた。


蹴。


力量差を感じ取って逃げる素振りを見せたので、反射的に、距離を詰めてキックをしてしまった。

あえなく力尽きた一角兎は、いつものように骸を残すわけではなく、なぜか銀色の指輪となって消えた。


『レアドロップきた!』

「レアドロップ?」

『1000分の1の確率でしか落ちないんだけどな。一角兎のドロップは、《幸運の指輪》という名称で、運を向上させる効果がある』

「へぇー。そんなに珍しいものなんだ」


タナカに教えてもらった僕は、さっそく指輪を装備してみた。

銀色に光り輝く《幸運の指輪》。

初めての僕の勲章だった。


『ツーク山』では酷い目にあった。

けれど、その日は、とても誇らしい気持ちを抱きながら眠りにつくことができた。

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