第2話
頭が割れる。
ズキンズキンと心臓の鼓動に合わせて響く痛み。
僕は呼吸すらおぼつかなかったが、必死にその痛みを和らげようと、必死に手で頭を抱え込む。
「ワイト!」
すぐそばで聞こえるクロエの声が、耳に響く。
「……僕は一体……」
なんとか身体を起こすと、彼女は僕の胸に飛び込んできた。
彼女の体当たりで思わず吹き飛びそうになってしまうけど、なんとか踏ん張って耐えた。
まだ女性特有の柔らかさを欠く彼女の華奢な身体。
でも、僕は彼女のにおいを嗅ぐことができて、不思議と心が落ち着いた。
彼女の頭を撫でながら、僕は周囲を見渡した。
惨状。
そう表現するにふさわしい有り様だった。辺りに飛び散っている血痕からは、おびただしい量の出血があったのだろうことがわかる。
でも、僕の鼻は、僕の衣服にまとわりつく血の臭いよりも、彼女のかすかな匂いを敏感に感じ取る。
「僕は、どうなったんだい…?」
そう尋ねると、彼女は顔を上げて、赤く腫らした瞼で、僕を見つめ返した。
「ワイトの木刀が折れて……そして、僕の一撃がキミの頭に……ううっうっ」
クロエは一所懸命に話そうとしたが、ショッキングな事態すぎたのだろう。
言葉がつかえて、途中で説明できなくなってしまった。
彼女の嗚咽を受け止めながら、僕は……
ああ~~やっぱりさっきのアレは夢じゃなかったんだな~
と、どこか他人事のように思った。
非現実的すぎて、もはや僕の理解のキャパシティを超えている事態。
だけど、やっぱり実際にあったことだったのだろう。
悲しいね。
周囲の赤く染まった様子を見る限りでは、僕が即死したであろうことは容易にわかる。さすがにこれで死なないというのは、ありえない。
そして、いま現在、僕の頭部に傷一つないということから、神の御業と呼ぶようなことが自分の身に起こったのだということも分かる。
はぁ~。
僕は、自分の魂のなかに、《異世界人の魂》を取り込んでしまったのだ。
一度死んだ僕が、神の御業で復活した結果、その事実だけが残ってしまった。
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その後、クロエを落ち着かせてから、彼女の家に送り届けて帰宅したり。
僕の衣服が血に染まっているのを目撃し、母が倒れてしまったり。
色々あって。
やっと、深夜に自分の部屋で落ち着いて、現状を整理する余裕ができた。
僕の中の《異世界人の魂》はタナカという名前だったようで、しきりに情報を僕に仕入れさせた。
父の書架にあった歴史書や世界地図、僕の愛読する聖書や白魔法の基本書、そしてクロエの容姿。
それらの情報から、タナカは『これはゲームの世界だ』という結論を導き出した。
なんでも、彼の世界特有の娯楽らしい。
『ゲーム機』『テレビ』と謎の単語を連発してきて、僕は理解できなかった……。
でも、なんとか話しの重要なところは分かった。
『黒髪の女勇者と幼馴染の白魔導士が、ともに旅に出て、道中に色々なキャラクターを仲間にし、いろんな経験を経て、《ラスボス(魔王らしい)》を倒す』というのが骨子だそうだ。
そして、タナカは『おそらくだが、女神様(?)のいう《定められた運命の実現》とは、このストーリーを実現することを指すのだろう』とも言っていた。
だが、タナカから教わったことで、僕が一番恐怖を覚えたのは……
『女勇者は白魔導士以外のキャラクターと結ばれる』
というものだった。
なんでも、
・白魔導士の上位互換である聖騎士や、パワー特化の竜騎士、ピーキーな格闘家などが、ストーリーが進むにつれて仲間になる。
・後から仲間になるそいつらの方がユニットとして強いから、必然的に戦闘に配置する機会が多くなる。
・戦闘に配置をすればするほど、女勇者との好感度が高まる。
・そして、女勇者との好感度が高まったキャラクターには結婚イベントが発生する。
ということだった。
一方、白魔導士は初期キャラクター。
『白魔導士は序盤では戦闘に配置するが、中盤以降は置物。だって、物理攻撃ですぐに死ぬからキャラロストすることも多いし』だそうだ。
だから、女勇者との好感度が上がることはほとんどなく……、当然、女勇者との結婚イベントなど発生しない……。
僕は、タナカの言に唖然とした。
僕が思いを寄せるクロエ。
彼女が、ほかの男にとられるなんて。
僕は寒気をおぼえて、全身が震え、体は汗まみれになっていた。
だが、タナカは、僕を見捨てなかった。
そもそも、いまや彼は僕の一部でもある。
僕が苦しむことは、彼の本意ではないのだ。
タナカはこんなことを言ってきた。
『キャラクターを強化し、レベリングをすれば、たとえ白魔導士であっても終盤まで戦えるはずだ』
と。
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