おもひで。

友人に誘われて、似合わない赤を引いたのは何年前だったか。

動きずらい和服を身に纏い、切りそろえられた短髪を重たいかつらで隠して、人工的に染め上げられた頬に手を添えて…今考えてみても滑稽な姿だったように思える。


「あれ、先生なに見てるんですか?」

「えっ」


突然声が降りかかったと思えば、手のひらに収まっていたアルバムを奪われる。慌てて振り返ると担当君がちょうど今僕の手から奪い取ったアルバムをじっくりと眺めていた。


「人から勝手に奪ったものを読まないって前も教えなかったかい?」

「あー忘れてましたー」


全く反省の色が見えない声にため息が零れる。彼は仕事こそ人並み以上にできるがそれ以上に手癖が悪い。


「すみません次から気を付けます」


不機嫌そうな目を向けて渋々といった様子で彼はアルバムを差し出す。どうやらすぐ返すのはご不満な様子。冷蔵庫を開けたのにも関わらずお菓子をくれなかった飼い主を睨む猫のような視線。まぁ、生憎この泥棒猫が盗むのは女性ではないし、最後にはきちんと返してくれるが。


「反省の心がない謝罪はいらないよ」

「じゃあ見てもいいってことですねあざーっす」

「変な解釈をしないでもらえるかな」

「あれ、これって」


突然会話を遮るように彼はそう呟いて僕の顔を覗き込み始める。こういう気まぐれなところも彼に猫を重ねてしまう要因のひとつだ。


「もしかして先生ですか?」

「え?」


担当君がアルバムをこちらに向けて一人の少女…らしき人物を指差す。それは確かに先ほどまで見ていた僕だった。


「あぁよく分かったね」

「え…まじですか?冗談じゃなくて?」

「君が聞いてきたんだろう?」


ぽかんと口を開いて担当君はこちらを見つめてくる。このままいると口の端から涎が垂れてしまいそうだ。


「もしかして先生は女性…」

「目の前の僕を見ても同じことを思うかい?」


ハッキリとそう言ってあげると彼は少し考えてから「思わないですね」と首を傾げる。


「学生時代に友人に誘われてね、一度だけ和装体験したことあるんだよ」

「和装なら男性用もあるでしょ」

「僕もそのことに着付けが終わったあとに気が付いたよ」

「あぁ…なんか先生っぽいっすね」


担当君はへらっと笑ってアルバムを自分の手元に戻した。しばらく返す気はないらしい。アルバム奪還は諦めよう。


「そんなにまじまじと見て楽しいかい?気持ち悪いだけだろうに」


担当君が持ってきて机に置いたらしい書類に目を通しながら声をかける。まぁどうせ無視されるだろうと思い発した言葉。しかし予想とは反して担当君は「え?」と口を開いた後さらに言葉を続けた。


「普通に可愛いんすけど、俺がこの時の同級生だったら告ってます」


真っ直ぐな言葉に年甲斐もなく心臓がドキリと脈打つ…もしかしたら不整脈かもしれないが。


「…あぁ…そうかい」


動揺を見せないようにぐっと息を呑んでから一言だけ返す。過去の自分への言葉なのに、少しだけ顔が熱くなった気がした。


「今度またやってみます?」

「それは…遠慮しておくよ」



(暗転)

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