嫌なことはしない。

人が嫌がることはしちゃいけないよ。


そんな言葉を口酸っぱく言われた幼少期。

僕はそのせいで…何も出来ない人間になっていた。


「今日も誰とも話さずに終わったのか?」

「…またそれを言うために図書室に来たんですか?」

「ある意味日課のようなものだからね」


今日も無精ひげをまばらに生やした先生が僕以外誰もいない図書室に入ってきては僕を小ばかにしてくる。


「先生仕事ないんですか?」

「こうして孤立している生徒を面倒見てやるのも仕事のうちだ」

「…僕は自分で孤立を選んでここにいるんです」


人が嫌がることをしない。これが僕のモットー。至極真面目に誰にも迷惑をかけないように生きてきた。しかし高校に入ってからというもの、その境界線が分からなくなってきている。

きっかけは入学して三日ほど経った頃だろうか。目の前を歩いていた女子生徒が落としたハンカチを拾ってあげた時。落し物を拾うことはきっといいことだ。しかしその女子生徒は


ーきもちわるい!!私のハンカチに触らないで!


と叫んで逃げて行ってしまったのだ。ちなみにそのハンカチは叫び声と同時にぶん捕られている。

誰にも嫌な思いをさせないように生きてきたつもりだった。それなのに。僕が行動するだけで嫌がる子がいる。


「僕が一人で何もしなければ誰も嫌な思いをしなくて済むんです」

「ふぅん」


先生は僕の言葉が分からないとでもいうようにまばらな髭を触って考え込んだ。


「でも、お前が孤立してるの先生は嫌なんだけど」

「…え?」


衝撃的だった。何もしないことが唯一の手立てだと思っていたのに。なんだ、誰にも嫌な思いをさせないために僕は死ぬしかないのか。そう考えた時だった。僕の耳に更なる衝撃的な言葉が飛び込んでくる。


「だから、今日から俺とお前は友達な!」

「…は?」


こうして教師と孤独な生徒の奇妙な友人関係がはじまったのだった。



(暗転)

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