嘘を吐くわけは?
男は激怒していた。
「おい!いい加減にしろよ!」
目の前にいる自分よりも遥かに背の高い男の胸倉を何とか掴み、自分の顔にあるしわというしわを顔面の中心に寄せて声を張り上げていた。
「何が?」
怒りを一心に受け取っているはずの男は動揺も見せずに一言。油という名の言葉がさらに小さい男の怒りのボルテージを上げる。
「何がじゃねぇだろ!」
しかしさらに張り上がる声とは裏腹に、必死につま先を立てて威厳を保とうとする姿はもはや激怒から怒っていると形容した方が似合う見た目になり下がっていた。
「いや、本当に分かんないんだよ」
プルプルと震える肩にそっと手を添えて背の高い男は困ったように眉を下げる。高身長に加え顔も整っている男の顔を真正面に受けてウッと声が出る小さい男。しかし沸騰しきった男の怒りは収まり切ることはない。
「お前本当に心当たりないのかよ?」
「まぁ、人を怒らせるようなことをした覚えはないな…」
「まじかよ…」
背の高い男の言葉を聞いた小さな男は胸倉を掴んでいた手を離すとふらりと揺らいでから頭を抱える。そして大きくため息を吐いて顔を上げた。
「お前色んな人助けてるらしいじゃん」
「あーそうだね」
背の高い男は心すらイケメンであった。自分の目の前で困っている人がいれば絶対に手を差し伸べる。しかも見返りは求めないという絵にかいたような好青年。しかし…
「お前名前聞かれた時に俺の名前勝手に名乗ってるらしいな?」
「あーうん」
「なんでだよ!」
「やたらと聞かれるから」
「まぁそりゃ聞かれるだろうけどさ…」
『せめてお名前を!』というのはよく聞くフレーズである。しかも男のようにほぼ毎日人助けをしていれば言われる量も常人の比にならない。
「あの人たちはお前にお礼がしたくて名前聞いてんだろ?それも人の善意を踏みにじることになるんじゃないのか?」
「そうかなぁ?」
背の高い男はきょとんとしてから首を傾げる。
「だってお礼なんて別にありがとう一回だけでいいし、それでもなおの事会おうって
言ってくるのはもはや友達が欲しいってだけなんじゃないかなって思って」
「は?」
「それだったら俺じゃなくて君を紹介した方がいいでしょ?」
全く悪びれもせずそう言うと背の高い男は小さい男の肩にポンと手を乗せた。
「友達少ないからってか?余計なお世話だわ!」
その手を振り払って小さな男はさらに不機嫌そうに声を荒げる。しかし全くそれを意に介さず背の高い男は言葉を続けた。
「いや、君と友達になって俺は楽しいから他の人も俺と友達になるよりも君と友達になれる機会を与えた方がいいと思って」
優しくてなおかつイケメンであれば、名前を聞いて…あわよくばお近づきになりたいものだろう。しかし菩薩のように優しき心を持つイケメンにはそんな考え方が微塵も分からないようだ。
小さな男はどっと深いため息を吐く。
「まぁ、お前はそういう奴か…」
そしてさっきまでの自分の怒りをバカバカしく感じてガリガリと頭を掻いたのだった。
(暗転)
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