花屋の彼女は。

家と学校のちょうど真ん中にある小さな花屋。

彼女はいつもそこにいた。


桜が舞い散り、新天地への不安と期待に胸を躍らせる春。

アスファルトが揺らぎ、肌に纏わりつく汗を拭う夏。

葉が紅く色づき、様々な欲望を必死に抑えながら帰路に着く秋。

空からの贈り物を待ちわび、息を吐いては寒さを可視化して騒ぐ冬。

どんな時も、色とりどりの花で埋め尽くされたドアの向こう側には彼女がいた。

話したこともない、年も名前も、彼女がなぜ毎日花屋にいるのか。僕は彼女のことを何も知らない。けれどたまに目があったら会釈をする。その程度の関係性である僕と彼女。


勇気を出して声をかければ何か変わるかもしれない。

お互いの名前を知って、少しずつ話して仲良くなって。もしかしたら…なんてこともあるかもしれない。


頭の中でぐるぐると考えて、妄想して。そんな風に心の中で足踏みを続けていたら。二度目の桜が道を覆い隠す頃、いつの間にか彼女はいなくなっていた。


ーーーーー


「制服着てくの久々かもな」


去年ほどの不安と期待は持ち合わせないにしろ、新学期を迎えて少しばかりはそわそわとする胸を押さえてあの花屋の前を通り過ぎる。彼女がいなくなった日は明確に分からない。部活が毎日あったわけではないし、何度か寝坊もかましていて用もない場所に目移りさせる余裕がない日もあった。


「桜に攫われた的な感じだったり…しないかぁ流石に」


柄にもなく文学的な言葉を吐いて頭を掻く。指先に何かが触れてつまみとってみるとそれは薄ピンクに色づいた桜の花びら。


「男に付くとかお前も不憫だな」


ため息をつきながらぼそりと呟く、その瞬間だった。


「肩にもついてますよ!」


一般的な町並みには賑やかな通学路に響く声。自分に向けられたように感じるその声に振り返るとそこには…


「やっと話しかけられたのに…最初の会話がこれでいいんですかね?」


少しだけ落ち着いた声で苦笑いを浮かべる。桜だけじゃない、沢山の花の香りを纏った彼女は、僕の肩に乗っかった桜の花びらをつまむと今度は満面の笑みを見せた。



(暗転)

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