先生は一人。
「景色はどうだい?」
大きな大きな幹に寄りかかり多分上の方にいるんだろうと推測される少年に声をかけた。真上を見上げると生い茂る緑から洩れる光が眩しい。目の眩みが治りかけた時、ようやくおおよそ返答とは呼べない返答が戻ってきた。
「先生も昇って来ればいいのに」
「君と違ってもう若くないんだよ」
「若くても昇れないんじゃないんですかー?」
「挑発でもしているつもりかい?」
「昇らないよ」とハッキリ告げると不満げな声が届く。おそらく、今少年の前に広がっている景色は語るだけでは表現できないほど素敵な景色なのだろう。だからこそ、きっと私に見せたかったのかもしれない。
でも生憎だが自分の背丈とは比べる気にもならないほど大きな木に初老にもなろう私が昇れるはずがなかった。
「まぁ、私が君のようになれれば昇れるんだろうけどねぇ」
目を閉じて深呼吸をした後に零す。今すぐお迎えが来てほしいなんて思っていない。そもそも彼女と約束したのだから、君の分まで精一杯生きると。
「…どうしたんだい?」
目を開くとさっきまで木の上にいたはずの少年が私の目の前に戻ってきていた。目にはうっすら涙すら溜まっている。
「だめだよ…死んだら」
心配をかけてしまったのだとようやく悟った。少年は口をとがらせて瞳からは静かに涙を零す。
「しばらくは死なないよ」
焦りをみせないように言葉を添えるとふるふると瞼を持ち上げた。「ほんとう?」という声にもう一度自分は大丈夫なことを告げるとようやく少年に笑顔が戻る。若いと耳もいい…いや、彼は特別に耳がいいことを忘れていた。
「ほんとうにだめだからね?」
「もちろんだよ」
それにしても私の身を案じる人も増えたものだ。昔はあれだけ嫌われていたというのに。私もそれだけ丸くなったっていうことだろう。
ふわふわとした髪を撫でようとして手が宙をかく。
「先生?」
なんとも間抜けな私の行動に少年は不思議そうな声で問いかける。その純粋無垢な瞳に射抜かれて何とも恥ずかしい気持ちになった。
(暗転)
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