ダメ男が同居を始める話。

「はぁ…」


机の上に置かれていた緑の書類を眺めながらため息を吐く。片側だけが埋まった書類には端麗な女性の文字。もう片側が早く埋め立ててしまえと急かしてくるが、一度座ってしまった体はしばらく動かせそうにない。

思えば職場と家を…いや職場と自室のベットを振り子のように往復する毎日だった気がする。そりゃあ妻に愛想をつかされて逃げられてしまうのも妥当なことだろう。テレビの音とそれに負けないくらい煩い妻の笑い声が響かない部屋は酷く静かだ。

いつもはあれだけ煩いと思っていたのに、今は恋しさすら感じてしまうだなんて。ないものねだりなんて柄じゃないと思っていたはずなのに。


ナァン


「ん?」


何か物音が聞こえた気がして書類から顔を上げた。とたとたとフローリングを歩く物音に背筋がスッと冷える。まさかポルターガイストだろうか。だとしたら踏んだり蹴ったり過ぎる。


ーにゃぁん

「…猫?」


鳴き声を上げて目の前に現れたのは小さな猫だった。猫はそのまま足早に俺の足元まで寄ってきてもう一度鳴いて見上げてくる。


「なんだよ」


声をかけるともう一度鳴き声を上げる。生憎動物を飼ったことが合いから接し方なんて分からない。そもそもなんで家の中に子猫がいるのだろうか。

思考を遮るようにまた猫が鳴いた。


「うるさいなお前は…」


先ほどまで静かが嫌だと思っていたのに、人間の脳というのは自己都合的だ。


「うーん…もしかして飯か?」


部屋の掛け時計はもう11時を指している。それに大体生き物が煩いときは腹が減っている時と相場が決まっているわけで。


「けど…猫って何食べれるんだ?」


とりあえずスマホで検索ページを開く。


「いだっ!ひっかくな!」


画面から目を離すほどの鋭い痛みが足元に起こった。どうやら鳴くだけでは飽き足らず実力行使してくるようだ。


「今調べるから!待ってろ!」


妻が逃げてしまった今日。

俺と猫の奇妙な同居生活が始まりました。



(暗転)

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