桜と元ヤン。
冬の朝にはそぐわないあたたかな風が部屋の中に吹く。
眠たい目を無理やりこじ開けると見覚えのない人間の顔が視界いっぱいに広がった。
「おはよう、景くん」
ー朝 リビングー
「だから急に部屋に入ったことはもう謝ってるんでしょ?」
「謝るとか謝らないとかじゃなくてまずはいきなり知らない奴が部屋に現れたことにお前らも驚けよ!」
「早く食べないと遅れるぞ」
「…チッ」
午前8時。
やたらと不審者の肩を持つ両親に違和感を抱きながら自分の横で朝ご飯を食べるそいつを同じく朝食を食べながら横目で見る。
見かけは成長期前の中学生ってところだろうか。部屋の中でも脱ぐ気配がない淡いピンクのニット帽からは茶髪が覗いており、朝食を奥に映し出す瞳は無邪気な子どものようなのにその下のクマは残業続きの時の父よりも深く、ちぐはぐな印象を受けざるを得ない。
集中して見すぎたからか、ニット帽野郎は俺の方を向くとほんわかとしたオーラを醸し出して笑う。
「気持ちわりぃ…イデッ!」
「気持ち悪いとか言わない!」
思わず出た言葉のせいで母からげんこつを喰らう。
あー最悪だ。
「ごちそうさま」
さっさと食べ終えそう言って立つと、ニット帽野郎は慌てたようにパンを口に詰め込んで同じく席を立とうとする。
「ごっごちそうさまです!」
「ついてくんなよ!」
「あ、僕サクって言います!」
「そんなこと今聞いてねぇよ!」
サクと名乗ったそのニット帽野郎は俺が睨みつけているのにも関わらず引こうとしないどころか怖がりもしない。
「…はぁめんどくせぇ……勝手にしろ」
「じゃあついてきますね!」
のほほんとしているくせにやたらと頑固なニット帽野郎…サクを遠ざけるのも面倒くさくなって吐き捨てるように言うと奴は心底嬉しそうに笑った。
ー朝 バイト先ー
「……って事なんですけどここにいさせて大丈夫ですかね?」
「あーいいよ全然!」
「すみません…」
「いいんだよいいんだよ!」
先に仕込みを始めていた店長に事情を説明すると最初こそ戸惑いを見せていたがあっさりとこの謎でしかない状況を理解して了承してくれた。
この世界はサクに優しく出来ているのか?という疑問を持ちながら礼を述べても仕込みに加わろうと準備を始める。
「あ、サク君はこっちに…サク君?」
店長の困ったような声にいきなり何かしでかしたかと振り返ると、デイジーの鉢をじっと見つめるサクとその後ろで眉をハの字にして首をかしげる店長の姿が目に入る。
「おいお前…」
「このデイジー元気ないですよ」
「は?」
かまってほしいだけなのか、しゅんとした顔で店長の方を見るサク。
「おっとっと!」
おぼつかない様子でデイジーの鉢植えを持とうとするサクに店長が素早く駆け寄る。
あまりにも自由奔放すぎるサクに注意をしなければ面倒くさい奴を連れてきた俺の責任にもなりかねない。優しい店長とはいえ下手したら苦労して入ったこの花屋もクビになるかも知れない。
そこまで考えて俺はサクに近寄ろうとした。
「サク君…よくわかったね」
「え?」
店長が驚いた様子でサクが持っていた鉢植えを受け取って抱えると空いた片手でサクの頭を撫でた。
「これ、菌核病になってる…まだ初期だけどね」
「え、まじですか」
「うん」
まだ初期段階でパッと見は分からないような病気をサクが見つけたという。
その事実に俺は少し驚いてパッと目を見開いた。
急に俺の部屋に現れたと思ったら今度は俺のバイト先で花の病気を見抜いた。
「じゃあ処分ですかね…」
「うーん」
「待って!」
俺と店長が悩んでいるとサクが声を上げる。
鉢植えを持ったまま身体ごと店長が振り返ると、サクは深呼吸を一つして腕を伸ばして手を目いっぱいに広げた。
「今助けるからね」
サクが優しく呟いて目を閉じる。するとサクの身体を中心にうっすらとあたたかな風が起こり、その風が淡いピンク色に染まっていった。
「…っえ?」
突然目の前で起こった出来事に驚いて声も出なかった。
それから数秒経った頃だろうか。
風がゆっくりと止んでサクが目を開くや否やにっこりと笑って店長になおったよとだけ言った。
「なおった?」
俺はあいた口が塞がらずに聞こえた言葉を復唱する。
店長はサクの言葉の意味を察したのか驚きつつ、手に持っている鉢植えをまじまじと見てまた驚いた。
「…治ってる」
「……はぁ!?」
「だって治ってるんだもん!」
「だもんって」
驚きが隠せない店長はデイジーの鉢植えをテーブルに置くとサクの手を取ってブンブンと振る。それに驚きながらもサクは照れながら手を振りかえしている。
俺はそれを見ながらやけに働かない頭をガンガンと叩いた。
ー昼 公園ー
「お前…何物なんだ」
コンビニで買ったおにぎりを食べながら、隣で俺が買ってあげたサンドイッチを頬張るサクに俺は疑問を投げかけた。
「なんですか急に!」
「遅いぐらいだろ!本当は朝の時点で問い詰めたかったんだよ!」
「あー」
「なんでかしらねぇけど周りが全然気にしてなかっただけで俺はめちゃくちゃ気になってるからな!」
言いたいことを言い切って息を吐く。
それを静かに聞いていたサクは残っていたサンドイッチを口に放り投げて飲み込むと、俺の前に立ち上がり、そしてにこやかな顔で言い放った。
「僕は桜の妖精なんです!」
「……は?」
サクの言葉に俺は固まる。
「庭にまだ小さな桜の木がありますよね」
サクの言葉に止まりかけていた脳を何とか動かして思い出していた。
確かに一軒家の我が家の庭には木が植えてあった気がする。ってあれ桜の木だったのか。
「え…もしかして桜の木って知らなかったんですか」
首を縦に振るとサクは盛大にため息をついた。
「…というより妖精っていうことは信じるんですね」
「まぁ今までのこともあったし」
「ほぇー」
今度はサクがぽっかりと口を開ける。
「まぁそういうことで…これからよろしくね景くん!」
「あぁ…よろしく」
寒空の中、サクの手を握るとあたたかな風が俺を包む。
不思議な出会いに驚きながらもこれから始まるであろうサクとの新たな日常に密かに胸を躍らせているのであった。
(暗転)
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