サンタの事情

「アルバイト?」

「そ、拘束たったの一時間で日給一万円」

「え、やる」

「じゃあお願いね」


ー当日ー


「これはきいてないぃぃぃ!!」


12月25日0時。俺は宙を走るソリの上で絶叫していた。


「船酔いしてない?」

「もはや死にそうなんですけど!!」

「いやぁごめんね」


先輩はトナカイの首に繋がる手綱を引っ張り俺に声をかける。数日前に届いたサンタの服を着てほしいと言われた時は、どこかのスーパーの売り子か最悪ティッシュ配りかなと思っていた。しかし現実として目の前に突き付けられたのはガチサンタの手伝いで。


「どうしてもこの時間帯って人手が足りなくてねぇ~でもどうしても二人一組じゃなきゃ駄目だからさ」

「それは別にいいんですけどぉぉ!」


ツッコミたいところはいっぱいある。先輩ってサンタだったのかとかそもそもサンタっていたのかとか、アルバイトでできるもんなんだとか。けれどそんな俺のちんけな疑問も吹っ飛んでしまうくらい…。


「さむぃぃぃぃぃ!!!」


そう、ひたすらに寒いのだ。いくらサンタ服が防寒に優れていようが何も防護されていない鼻先は今までないくらい冷たい。それにソリが飛んでいるのもやばい。普段大学で学んでいた物理学って何なんだろう。分からなくなってきた。

頭の混乱がちょうどよくなってきた時、ソリの高度が下がっていく。


「じゃあここで待っててね、人来たらこのボタン押せばソリとソリに触れているものは一時的に隠れるから」

「は…はい」


これまた物理学に反した内容のボタンを渡して先輩はガラスの窓をすり抜けていった。え、先輩って幽霊だったっけ?質量どこ行った?


「はぁ…」


流石に窓越しに小さな子がいるので静かにため息をついて監視を続ける。それにしても今日は不思議なもんだ。仲のいい先輩が実はサンタで、俺はそのアルバイトをしているんだから。夢でないことはこの寒さで分かる。なんで断らなかったんだろうか、自分。


「お待たせぇ」

「あ、お帰りなさい」


先輩が帰ってきたところで思考を止める。なんだかやけに嬉しそうだ。またソリの高度が増してくる。


「先輩ってなんでサンタやってるんすか?」


高度が安定して大声を出してよくなった頃、俺はそう問いかけた。すると先輩は少しだけ考える仕草を見せた。いや質問をしといてなんだけど、前をちゃんと向いててくれ。事故る。てか事故るのか?


「一年に一回だけだけど、いい人になれてる気がしてさ」


俺に聞こえるくらいの声で先輩はそう答えた。普段超が付くほどのお人好しな先輩が。


「先輩は四六時中いい人じゃないっすか」


今度は大声を出さずにそう言った。だんだんこの高度での会話にも慣れてきたようだ。俺の言葉が聞こえたのか違うのか。先輩は少し困ったように笑う。短いけどまぁまぁ濃い付き合いだから分かる。なんでそんな顔をするんだろうか。いい人なのは事実なのに。


本当はもっと問いかけようと思った。


けれどそうしたら先輩はもっと困ってしまう気もした。そしてそれはせっかく今日を楽しんでいる先輩に申し訳ない気もして。


(ま、サンタにもいろいろ事情があるってことか)


先輩がサンタのうちは、野暮な質問をしないようにと。俺は小さくなった街並みを眺めることに専念することにした。


鈴の音なんて聞こえない真冬の空はサンタの事情を全て隠してくれる、そんな風に考えながら。



(暗転)

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