【6】
休みも明けて、全然集中できなかった学校を終え、とぼとぼと帰り道を進む。お父さんがいなくなった心の空洞は、家の静けさは、一向に慣れそうにもない。お母さんも、元気がないまま、なんてことないように振舞っている。
この通学路も本当は、通りたくない。一瞬で消えてしまったお父さんの幻影を思い出して、何度でも死んでいるような、そんな錯覚を覚えてしまうから。
だけどどんなに回り道をしようとしても、必ず通らなければいけない部分があって、幻影を見たのはその場所だ。自分の靴を見つめたまま、早歩きで通り過ぎようと試みる。
だけどあと一歩、曲がり角を曲がってしまえば良いところで、僕の足は意思に反してぴくりとも動かなくなった。
違和感だ。
無理やり喉奥に押し込まれるこぶし大の石。ぶわっと湧き出る体中の汗。耳元の心音、獣のような息遣い。ぐらりと歪んだ環境音に、絶大な拒絶を覚える。震える手足は、僕のものではない。
見てはいけない。見るべきじゃないんだ。この違和感が怖い。振り向くのが怖い。その姿を目にするのが怖い。思い出すのが怖い。お父さんが死んだのが怖い。
怖い、怖い、怖いことだらけだ。僕だけ、毎週、ひとりぼっちでこんな怖い思いをしている。もう嫌だ。助けてよ、どうして死んじゃったの、お父さん。
何でもいい、どうにか前に進みたい。そう思って足を動かすことに意識を向けるのに、やればやるほど、首が後ろへと回っていく。涙で揺らぐ視界の中に、一人の女性の形を映した。
袖で目元をぬぐい、瞬きを数回してからよく確認する。僕は思わず、右手をそっと伸ばした。
「お母さん、お仕事は……?」
柔らかな笑みで、動かない。いつも表情豊かに話してくれて、家族のことを誰よりも考えてくれている、僕の大好きなお母さんの姿だ。
迎えに来てくれたんだ。居ても立ってもいられなくて、顔を輝かせて足を踏み出す。お母さんはそれまで、何も喋らなかった。どこも動かなかった。でもずっと、目線を交わらせていた。なのに、
お母さんもまた、シャボン玉が割れるみたいに一瞬で、そこから消えていなくなってしまった。
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