【4】

 重い足を引きずるように、学校から帰る。今日の学校はつまらなかった。朝だけ一緒に登校している親友が、数日前から休んでて、最近は暇だ。他の子とも喋ったけれど、親友と話してるほうが楽しい。



 いろんな思いを募らせている時。いきなりやってきた違和感は、僕の全身の産毛を、ぞわりと逆立たせた。考えないようにしていた、見知らぬお母さんの黒い視線が、脳内にフラッシュバックする。


 喉からヒュゥと風の音がした。落とした目蓋は持ち上がることを拒んでいる。肩からずれていくランドセルを、直そうとした手は非力。世界から音が消える、この瞬間。



 振り向きたくない。見ないまま帰りたい。怖い。怖い。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。





 怖いよ、助けて。





 一瞬だけ見て、すぐに帰る。そうと決めると、僕は体を捻り、うっすらと目を開けた。目に映った姿に、拍子抜けすると、あまりの安堵に心臓が大きく鼓動した。



「お父さん‼︎」



 僕よりもはるかに背が高くて、いつも仕事場の油の臭いがしてて、顔も手も服も汚して帰ってくるのに、ちゃんと毎朝髪の毛をセットしてる。かっこいい、僕の自慢のお父さんが、立っていた。


 優しい眼差しで微笑むお父さんへ、駆け寄ろうと踏み出す。だけど、その瞬間、お父さんは嘘のようにパッとなくなってしまった。




 本当に、一瞬ことだった。最初からいなかったみたいに、後には何も残されていない。「お父さん」ともう一度呼べども、姿はおろか、返事さえも耳にできない。


 曇りのとれた聴覚が、夕方5時の鐘を捉えた。今になって、身体が元に戻っていることを知る。あまりの恐怖に、幻覚でも見たというのか。


 胸の奥が騒つき、落ち着かない。一刻も早くここから離れたくて、家の方へと全力で走り出した。

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