第385話 ライト、貴方に2つの選択肢を与えるわ

 ライトは教会ダーインクラブ支部に就くと、支部長に事情を説明して礼拝堂を使わせてほしいと頼んだ。


「わかりました。それでは、ヒルダ様も連れてお入りください」


 ヘルとの謁見なので、ライトだけが礼拝堂に入るものと思いきや支部長がヒルダもライトと一緒に入るように言った。


「私も入って良いの?」


「問題ございません。実は、先程ヘル様からライト様が礼拝堂にいらっしゃるからヒルダ様と共に礼拝堂へお連れするようにと神託を受けました。私には崇高なるヘル様のお考えはわかりませんが、ヘル様が許可されるだけの意味があるはずです」


「わかったわ。ライト、私も一緒に礼拝堂に入るね」


「うん」


 (ヒルダに僕が転生者ってバレたからだろうな)


 そんな予想を立てつつ、ライトはヒルダを連れて礼拝堂に入った。


 2人が祭壇の前に移動した瞬間、光が礼拝堂を包み込んだ。


 咄嗟に目を瞑ったライトとヒルダだったが、次に目を開いたらそこは礼拝堂ではなかった。


 周りは真っ暗で、大量の本が積み上げられた空間にいた。


 そう、ライトが三度にわたってヘルと対談した空間である。


「いらっしゃい。よく来てくれたわね」


 ライトとヒルダの目の前には、銀髪赤眼の美しい女性の姿をしたヘルが微笑んで待っていた。


「お久し振りです、ヘル様」


「お初にお目にかかります、ヘル様。ライト=ダーインの妻、ヒルダ=ダーインと申します」


 ライトがヘルに挨拶すると、ヒルダは動じることなくヘルにしっかりと自己紹介をしてみせた。


 ヒルダはライトの妻として恥ずかしくないように、緊張して噛んだりせずにしっかりと名乗ることができた。


「悠久の時を生きる私にとっては昨日会ったようなものよ、ライト。ヒルダ、私を前にしても動じずに名乗れるのは大したものね。ライトが転生者と知っても今までと変わらぬ愛を口にした胆力、私もちゃんとと見せてもらったわ。ライトを受け入れてくれてありがとう」


「恐れながら、そのような感謝は不要にございます。私はライトを愛しております。母を助けてくれた優しさを見たあの日から、ライトが何者であっても生涯この人といたいと決めたのは私です。ですから、ライトが転生者であろうとそうでなかろうと関係ありません」


「ヒルダ・・・」


 ライトを愛する気持ちで折れてはならぬと思ったヒルダの発言は、ライトにとって何よりも嬉しい言葉だった。


 ヘルは一瞬キョトンとしてしまったが、すぐに笑い始めた。


「ライト、貴方はヒルダを大切にしなさい。私相手にここまで言えるなんて、本当に大したものだわ」


「わかってます。ヒルダは僕の宝です。天国ヴァルハラに行ってもヒルダを永久に大切にします」


 ライトもヒルダも”エインヘルヤル”の称号を獲得している。


 この称号を与えられた者は死後に天国ヴァルハラに迎え入れるので、死んでも魂は輪廻の輪に戻されることがない。


 それゆえ、ライトは死んでも天国ヴァルハラでヒルダを大切にすると言ったのだ。


 ヒルダはそこまで言い切ったライトにすぐにでも抱き着きたい衝動に駆られたが、ヘルの御前だからとグッと堪えた。


「それなら良いわ。私が貴方達の仲を心配する必要もなさそうだし、今日ここに呼んだ理由を話しましょうか」


「「お願いします」」


「まずはノーフェイス、いえ、ファフナー=ユミル率いる呪信旅団の征伐ご苦労様。これで今私が確認できている第三勢力はいなくなったわ。よくやったわね」


「「ありがとうございます」」


「ファフナーが転生した原因についてわかったわ」


「本当ですか?」


「ええ。原因だけど、私がライトを地球からニブルヘイムに転生したからだったの」


 (やっぱり・・・)


 ヘルにそう言われた瞬間、ライトは驚くよりも納得した。


「予想できてたようね」


「はい。<神眼>で見たファフナーの年齢から僕と同時に転生したんじゃないかと思ってました」


「その通りよ。ファフナーを転生させてしまったことについては、私が全面的に悪いわ。ニブルヘイムで死んだ者の魂が記憶を消されて新たな命として生まれ変わるのは平常運転なんだけど、地球からこちらにライトの魂を呼び寄せたことでエラーが発生したみたい。望まない魂を転生させてしまうリスクがあるとわかったし、異世界から魂を呼ぶのはもう二度としないわ」


「僕もそうした方が良いと思います。でも、ファフナーみたいな悪人の魂が僕と転生するなんてどんな確率なんでしょうか?」


「それについては、ある種の調整力が働いたらしいの」


「「調整力?」」


 ライトもヒルダも良くわからないので首を傾げた。


「私がライトの魂を選んだ基準はね、地球に未練がなくて根性のある若い男性の魂だったの。そんな魂だったら、きっとニブルヘイムを救う力になってくれると信じてね」


「死んだ時に若かったのは覚えてますが、根性ですか・・・。あぁ、社畜だったからですね?」


「理不尽な仕事にも死ぬ間際まで耐え抜く根性、私は一目見た時から貴方しかいないと思ってスカウトしたのよ」


「流石はライト。転生前からヘル様に目をかけられてたのね」


 ライトが生まれる前からすごかったのだと知ると、ヒルダはそれだけでも嬉しそうに笑った。


「でも、そのせいでニブルヘイムを混乱の渦に巻き込まんとする悪しき魂を悪しき器に呼び寄せる結果となっちゃったの。ライトがニブルヘイムに貢献した分を台無しにできるポテンシャルを秘めたファフナーが呼び寄せられた」


「それが調整力なんですね。とりあえず、ファフナーがいなければ転生者の問題は解決したんですよね?」


「ええ、もう大丈夫よ。孤児院に預けられたシグルドは、ファフナーとマチルダの子供とは思えないくらい無害で素直な魂だわ」


「良かったです。罪のない子供を殺したいとは思いませんから」


「良かったです」


 ヘルにシグルドが無害認定されたことで、ライトもヒルダもホッとした。


「じゃあ、これでファフナーに関する説明は終わりよ。それでヒルダには1つ約束してほしいことがあるの」


「なんでしょうか?」


「ライトが転生者であることをこれからも内緒にしてもらえるかしら?」


「私とライトの2人だけの秘密にすれば良いんですね?」


「ええ。転生者という存在が広く認知されてしまった時、どんな影響が出るかわからないのよ。だから、ライトとヒルダの胸の内に留めてほしいの」


「わかりました。ライトと秘密を共有できるのは、私にとって嬉しいことですから構いません」


「そう言ってくれると助かるわ。そのお礼として、ヒルダにはちょっとしたプレゼントを上げましょう」


「えっ!? スキル!?」


 ヘルがトンとヒルダの額を叩くと、ヒルダがスキルを会得したらしく驚いた。


「今あげたのは<最適化>のスキルよ。このスキルを会得していれば、容姿もステータスも衰えることなく、死ぬまで全盛期でいられる効果があるの。ライトの前ではいつまでも美しく強くありたいでしょ?」


「ヘル様、ありがとうございます!」


「ヘル様、ヒルダのことを気遣って下さることは大変嬉しいのですが、僕だけ老い衰えるのは悲しいです」


「大丈夫よ。ライトの<生命樹セフィロト>にも<最適化>の効果を組み込んであげるから。はい」


 ライトもヘルに額をトンと叩かれた。


 <神眼>で確認すると、確かに<生命樹セフィロト>の効果が上方修正されていた。


「ありがとうございます、ヘル様!」


「不自由をかけるんだから、これぐらいはしてあげないとね」


 そこまで言うと、ヘルは咳払いして表情を引き締めた。


「ライト、貴方に2つの選択肢を与えるわ」


「いきなりですね。なんでしょうか?」


 ヘルから選べと言われたことは、最初に出会った時に質問する内容を選んだ時以来だ。


 だから、ライトは何を選択させられるのか気になった。


「選んでほしいのはライトに与えた使命を達成する方法についてよ。具体的には、アンデッドの討伐に関する選択をしてほしいの」


「選択肢を教えて下さい」


「良いわ。1つ目は時々現れる強敵をライトがヒルダ達を連れて倒すやり方。現状維持と言っても良いわね」


「もう1つはなんでしょうか?」


「2年後の月食で発生する特殊個体ユニークを倒すやり方。こっちを選ぶと、その日から10年ぐらいはライト達が出張らなくても他の守護者ガーディアンだけでアンデッドに対応できるようになるわ。ただし、私がこれから瘴気を操作して圧縮するから、その特殊個体ユニークは暴走したファフナー以上に強いわね」


「コツコツ倒すか一気に倒すかってことですね」


「その通りよ」


 ライトがヒルダと目を合わせると、ヒルダはニッコリと笑った。


「私はどちらを選んでもライトの意思を尊重するわ」


「ありがとう。では、一気に倒す方を選びます」


「迷いはないようね」


「はい。僕達が出張らなくても世界ニブルヘイムが回るようになるのが最終目標です。それでしたら、準備期間もあるし目標に近づく後者を選んだ方が良いと判断しました」


「よろしい。その言葉を待ってたわ。では2年後の11月、ダーインクラブの東にある廃墟と呼ばれる場所に特殊個体ユニークが現れると思ってちょうだい。しっかりと準備して挑むのよ」


「わかりました」


「私もライトを支えます」


「頑張ってね。さて、そろそろ時間よ。次会えるのは特殊個体ユニーク討伐後かしら。またね」


 ヘルがそう言った直後、ライト達は光に包まれてヘルとの対談が終わった。

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